インタビュー

元フリーターでバンドマン。異色の経歴をもつデジタル庁プロダクトデザイナーが描く未来

最終更新日:2024.10.09
元フリーターでバンドマン。異色の経歴をもつデジタル庁プロダクトデザイナーが描く未来

2024年9月1日で、設立3年を迎えたデジタル庁。「誰一人取り残されない、人にやさしいデジタル社会の実現」を目指し、「Visit Japan Web」「ワクチン接種証明書アプリ」「マイナポータル」などの行政サービスを手がける。

今回話を聞くのは、金成奎(きん・せいけい)さん。デジタルサービスのデザインやユーザー体験の設計に携わるプロダクトデザイナーだ。30歳からデザイナーとして歩み始め、民間企業でビジュアルデザインやアートディレクションを手がけていた金さんは、なぜデジタル庁に入庁したのか。これまでのキャリアや、民間と行政における視点の違いについても語ってもらった。

今回お話を聞いたデザイナーさん
金成奎(きん・せいけい)さん

島根県出身。大学卒業後、ウェブデザイナー/UIデザイナーとして事業会社、広告代理店、メディア開発会社などに勤務。コーポレートサイト、自治体・交通・学校法人などのサービスサイト、業務アプリケーションなどのウェブデザイン・UIデザインを数多く手がける。2023年にデジタル庁に入庁。著書に『ウェブデザインの思考法』(マイナビ出版)。

スタートアップのような職場環境

金成奎さん

デジタル庁のオフィスに一歩足を踏み入れて、面食らった。鮮やかな緑色の絨毯が芝生のように広がり、中央には大きなベンチが置かれている。若手デザイナーたちが肩を寄せ合う姿は、まるでピクニックのようだ。

「省庁のオフィスっぽくないですね」と率直な感想を漏らすと、プロダクトデザイナーの金成奎さんがこう答える。「意外ですよね。デジタル庁には、スタートアップのような雰囲気があるんです」。

デジタル庁 サービスデザインユニットに属するデザイナーは約30人。金さんのような民間企業出身の民間専門人材と行政出身人材が、ともに働いている。

金さんは続ける。

「見てわかる通り、開放的で堅苦しくないんです。テレワークも自由にできるし、働き方は民間企業と変わりませんね。入庁後、いい意味でギャップがありました。プロジェクトによっては行政出身の方と密に関わるので、スタートアップのような自由さと省庁ならではの堅実さ、両方の良さがあると思います」

民間との違いは「公共性の高さ」

金さんは2023年、デジタル庁に入庁。きっかけは、デジタル庁が制作したアプリを見たことだった。

「行政のサービスサイトは堅苦しくて、わかりにくいイメージがありました。だから、デジタル庁が手がけたマイナポータルのアプリを見たとき、すごく驚いたんです。アクセシビリティをはじめ、デザインまわりの施策が先進的でクオリティが高かった。見た目の良さだけでなく、全ユーザーに寄り添ったサービス設計に刺激を受けましたね」

金さんは現在、法人や個人事業主などの事業者向けの行政サービスの「利用者体験の向上」を目指した環境整備に取り組んでいる。マイナポータルのような個人向けの手続きはオンライン化されているが、事業者向けの手続きはユーザー体験の観点からの検討が不十分だったこともあり、デジタル化が進んでいないのが現状だ。

「事業者向けの行政手続きは、開業届や補助金申請など多岐にわたりますが、いまだに紙で運用される場合も多くあります。ミスの修正や、分厚いファイルを保管しておくのも大変です。それに申請書を郵送または持参するのって手間ですよね。現在はパートナー企業と協力しながら、さまざまなペルソナを持つ事業者のニーズに合ったサービスを提供するために、利用者の観点に立った体験整理に取り組んでいます」

デジタル庁と民間企業での経験を比較し、最も大きな違いは「公共性の高さ」だと語る金さん。行政サービスは、年齢や障害の有無に関わらず、すべての人が利用できなければならない。そのため、デジタル庁に入庁してから特に意識するようになったのが「ウェブアクセシビリティ」だという。

「私たちが手がけるサービスは国民の生活に直結します。そのため、たとえば視覚障害のある方でも不自由なく利用できるデザインを追求する必要がある。デジタル庁には"アクセシビリティアナリスト"と呼ばれるデザイナーがいて、彼らが私たちのデザインをチェックします。そのなかには視覚障害の当事者もいます。『この色の組み合わせでは区別がつかない』『ここは音声読み上げに対応していない』といった具体的なフィードバックをもらえるんです。もちろん私たちもアクセシビリティについて日々勉強していますが、やはり専門家や当事者の視点だから気づく課題や改善点がたくさんあります」

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元バンドマンがプロダクトデザイナーに

「デジタル庁のデザイナー」と聞くと、さぞ華やかなキャリアを歩んできたのだろうと想像する。だが金さんのキャリアは、意外なものだった。

「デザイナーとして働き始めたのは30歳のときです。それまではいわゆるフリーターで、大学卒業後はアルバイトをしながら音楽活動をしていました。作詞作曲もしていましたね。昔からものづくりが好きだったんです」

元バンドマンが、プロダクトデザイナーへ。このユニークなキャリアの出発点は、幼少期にさかのぼる。

「子どものころから絵を描くのが好きでした。両親が自営業で、ひとりで過ごす時間が多かったんです。だからずっと絵を描いていました。落書きみたいなものですけど」

金さんにとって絵は「あくまでも趣味」だった。美大ではなく早稲田大学文学部に進学。大学生になって初めてデジタルツールで絵を描くようになった。これがデジタルへの興味のきっかけとなる。前述のとおり、大学卒業後は就職せず音楽活動に明け暮れたが、絵は描き続けていた。

イラストレーションギャラリー

http://www.fujitsuka-seikei.com/

「もしかしたら、絵を仕事にできるんじゃないか?」そう思い立ったのは、30歳のときだった。

自作のイラストをまとめたホームページを制作して就職活動を始めた。小さな制作会社でアルバイトとして働き始め、イラストやバナー、チラシの制作を担当するようになった。

「最初は絵を仕事にしたいと思っていて、ウェブデザイナーになるとは考えていませんでした。でも、自作のホームページを見た会社の人に『ウェブデザインもできるんじゃない?』と言われたのがきっかけで、デザイナーとしてのキャリアが始まったんです。まったくの未経験でしたから、先輩に教わったり本を読んだりしながらスキルを磨いていきました」

ウェブデザインの共通言語をつくりたい

2年も経つと、ひとりで案件をこなせるようになった。その後、いくつかの広告代理店や事業会社、制作会社で本格的にウェブデザイン・UIデザインに携わる。コーポレートサイトや、自治体・交通・学校法人などのサービスサイト、業務アプリケーションなどのリニューアルや新規企画立ち上げに尽力した。

デザイナー歴11年目の2019年には、自身初となる著書『ウェブデザインの思考法』を出版。きっかけは、クライアントとのコミュニケーションで感じた課題だった。

「クライアントとデザイン方針を決めるなかで、『かっこいい感じのデザインにしたい』といった要望を聞きます。しかし『かっこいい』の感覚はデザイナーに依存する。仕上がりのイメージを共有できるまでに、時間を要します。そのため、デザイナーの“感覚”を言語化できれば、デザインに詳しくない人でも完成形をイメージしやすくなり、コミュニケーションがスムーズになるのではないかと考えました。企画書を作っていくつかの出版社に持ち込んだんです」

あとがきにはこんな一文がある。

Quote

「何かを定義するという行為が、どれだけ孤独で恐怖に満ちていて、何よりスリリングで刺激的であり、ある意味痛快な体験であったかを身に沁みて感じています」

「やはり執筆作業は大変でしたか?」と聞くと、「はい。読者の受け取り方を想定しながら自分の考えを言語化する難しさを痛感しました」と金さん。「ウェブデザインの共通言語をつくりたい」という気持ちは衰えることがなく、現在、改訂版を制作中だ。

インターネットが持つフェアな可能性

金さんは、常に国内外のトレンドや社会課題に目を向け、デザインのヒントを得ている。特に海外の動向には注目しており、英語圏の最新情報にも積極的に触れるよう心がけているという。

「デジタル庁もイギリスの政府デジタルサービス『GOV.UK』を参考にしています。日本のデジタル化を進める上でも、他国の成功例や課題を知ることは重要です。私はデザイン系メディアはもちろん、社会ニュースやアート、新聞など、ジャンルを問わずいろいろなメディアを見ていますね。デザイナーの思いや、どのような課題にアプローチしたのかを考えながら見ると学びが得られるんです」

「ウェブの世界を深く知って、その可能性に惹かれた」と話す金さん。最後に、ウェブデザイナーとして望む未来について語ってもらった。

「インターネットは誰にでも開かれています。時間や空間の制限を超えて、多くの人に等しく情報や機能を届けることができる。それによって効率的になったり便利になったり、何かしらの課題解決となる体験をデザイナーとして実現していきたいです。インターネットが持つフェアな可能性が広く行き渡る未来を望んでいます」

インタビュー
キャリア
執筆白石果林

1989年生まれ、さいたま市在住。法政大学現代福祉学部を卒業後、私立大学やIT企業での勤務を経て、2020年よりフリーライターに。現在はウェブを中心に福祉、教育、旅、地域創生などの分野で取材・執筆を行う。

https://karin-shiraishi.com/

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