
私は特段アウトドア派ではないのですが、パタゴニアのTシャツやジャケットを愛用しています。通気性や保温性が高くて、長持ちするのがいい。
パタゴニアのファンになったのは『社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営』(ダイヤモンド社)を読んだから。この本は創業者のイヴォン・シュイナードによるものです。
パタゴニアが環境保護・公益性の高い活動をする団体の認証「B Corpration」を取得したとか、ブラックフライデーにあえて「Don't Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」という広告を掲載したとか、そんな話を聞いて以前からパタゴニアに興味はありました。

https://www.patagonia.com/stories/dont-buy-this-jacket-black-friday-and-the-new-york-times/story-18615.html
ただその時点で一番興味があったのが、パタゴニアのカタログ。カタログが商品写真を並べることなく、ただストーリーや写真を載せる「ジャーナル」に進化したと聞いて「販売目的ではなく、なぜ発行するんだろう?」と思ったのです。
仕事で多くの企業のオウンドメディアというものにかかわりながら、その在り方に疑問を持つことが多かったので、なおさらでした。
パタゴニアのジャーナルを手に入れに行く

パタゴニアのジャーナルはアプリやWebサイトだけでなく、プリント版もあるということで、手に入れるべく神戸の直営店に出向きます。店員さんに聞くと、最新のジャーナルは在庫なし。それでもわざわざ一つ前の号を探し出してくれて、渡してくれました。その店員さんも一年のうち数カ月は山登りなどに出かけるそうで、お話を聞くうちにカタログの写真集『Unexpected』を買ってしまいました。
商品説明が一切ないパタゴニアのジャーナル

シュイナードが創業前からずっと語っている、山を傷つけ汚さない「クリーンクライミング」の話。
父の跡を継いで漁師になったアントニオ・バステスさんが網のリサイクルの重要性に気づいた話。
6人の子どもと夫と一緒にセールボートで世界を旅するソミラ・サオさんの話。
なかでも私が好きなのが、アレクサンデラ・フーチンさんの話。それまで自分の骨太の骨格が嫌だったフーチンさんは、マウンテンバイクの耐久レースで自分の骨格がいかに有利かを知る話。
こういうストーリーが高精細の写真と一緒に語られます。
確かにパタゴニア製品を着た人は出てくるのですが、商品名やQRコードなどはありません。『Unexpected』を見ても、パタゴニアのカタログにはクライミングや屋外スポーツ、冒険に挑む「人」や自然のほうが「主」で、製品写真は「従」かほとんど写っていないことすらあります。
商品ではなく理念を「売る」

カタログは、販売シーズンごとに発行する聖典である。ストーリーを語る媒体は、ウェブサイトから品質表示タグ、店舗のディスプレイ、プレスリリース、動画にいたるまで、すべてカタログを基礎としてつくる。映像も文章もカタログを基準として構築するのだ
イヴォン・シュイナード著/井口耕二・訳『社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』ダイヤモンド社/p234
『社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』の中でシュイナードはそう語ります。
1950年代末からシュイナードは郵便での販売を始めていて、昔からパタゴニアでカタログは重要視されてきました。もちろん販売目的もありましたが、パタゴニアが読んでほしいストーリーを届け、環境問題や事業について知ってもらうのが主な目的なのはあまり変わっていないようです。
シュイナードは「パタゴニアは自然や文明の崩壊を食い止めるために活動している」といいます。パタゴニアは企業姿勢を見直したあと、総売上高の1パーセントか税引前利益の10パーセントどちらか大きい方を環境活動や地域社会に寄付すると明言しました。
シュイナードは「我々自身と我々の理念を『売る』ことは製品を売るのと同じくらい重要(同p206)」とも言っています。
ジャーナルに商品の詳細やベネフィット、セール情報がなくても、パタゴニアの理念やストーリーに共感すれば顧客は結果的にパタゴニアの商品を買う。パタゴニアから買うということは、ただの消費ではなく環境保護やサステナビリティへの自分の態度表明でもあり、貢献でもあると理解するからでしょう。
「当たり前の表現」としてのオウンドメディア
「オウンドメディア」という名称がつく前から、オウンドメディアはありました。パンフレット、公式サイト……それをSEO流入、集客目的、その他目的意識を出し、コンテンツマーケティングの拠点として再度位置づけられただけだと私は考えます。
うまくいけばブランド価値が伝わったり、売上にもつながったりはしますが、何のために運営しているのか迷走するメディアも私は多く見てきました。
文章はすべて顧客の立場で書いている。いまも自分たちが一番の顧客と言える状態なので、これはそれほど難しくない。語りかける相手は、いわゆる世間ではなく、一人ひとりの顧客である。一人ひとりに対して、社会に積極的にかかわる聡明で信頼できる個人として語りかけるのだ。自分が顧客ならそうされたいと思うからだ
イヴォン・シュイナード著/井口耕二・訳『社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』ダイヤモンド社/p243
シュイナードはそう語ります。
自分でお店を持つようになって思うのは、結局店主のキャラクターで個人商店は成り立つということ。メールにしろ、XやInstagram、紙の冊子、チラシ、Webサイト、ブログ……どの表現もその店主、店のキャラクターと考えを表現するものに他なりません。
その世界観が合って、共感する人は商品やサービスを購入するだろうし、そうならない人は離れるだけ。
メディアというのは「売る」だけが目的じゃない。ついつい店主がお客さんに自分の考えを自然に話してしまうように、企業も表現をするものなのではないでしょうか。
パタゴニアのジャーナルにはそういう自然さを感じます。 無理にオウンドメディアをやっている感じがない。
パタゴニアのジャーナルにはシュイナードおよびパタゴニアの思想が表れている。企業の表現の一つとしてジャーナルが生まれているのです。
だからカタログのページあたりのROI(投資利益率)とか、記事ごとのコンバージョンとかそういう視点ではつくられていない。パタゴニアの表現を顧客は見て、感化されたり共感したりする。それが結果的にいくつか他の経路を通って(パタゴニアの考えが気になって本屋に通ったり店舗に行ったりして)買うことになる。実際、私はその流れで冬のジャケットをパタゴニア神戸店で買ったわけですから。
会社や店、自分の仕事の目的を見失いそうになったとき、パタゴニアを思い出すとヒントをもらえます。商品ではなく、理念を売る。自然に表現する結果として、メディアがある。その意識は持っていたいですね。
Web編集者・ライター、マーケター。株式会社TOGL代表取締役。オンラインもオフラインも編集しており、兵庫県尼崎市武庫之荘でつくれる本屋「DIY BOOKS」を運営しています。