デザイン教育

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する理由

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する理由

テクノロジー、デザイン、起業家精神を軸に「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育成する異色の高等専門学校「神山まるごと高専」。スタッフとしてデザインの授業を担当している本末英樹さんに、教育者としてのキャリアを選んだ理由や、学生にデザイン教育を行う中で得た気づきについて話を聞きました。

今回お話を聞いたデザイナーさん
本末英樹さん 神山まるごと高専 准教授(デザイン分野)

デジタルプロダクトデザイナーとして、Webサイトやモバイルアプリを含むサービス全体のUX設計とUIデザインを行う。Adobe MAXやデジタルハリウッド、Schooなどで講師も務める通称「オロちゃん先生」。Web制作会社とフリーランスを経て、C Channel株式会社、株式会社フライヤーでデジタルプロダクトデザイナーとして勤務。2024年4月より神山まるごと高専でデザインの授業を担当している。

今後社会を作っていく15~20歳の学生にデザインを教えるやりがい

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する理由

―― 本末さんは2024年4月から神山まるごと高専のスタッフになっています。それまで東京のスタートアップに勤めていたそうですが、どのような経緯があったのでしょうか。

私はデザイナーとして働きながら、UI/UXデザインを教える仕事をしてきました。2023年に『現場のプロがわかりやすく教えるUI/UXデザイナー養成講座』(秀和システム)という本を出版しました。そのときにUXデザインの領域で著名な千葉工業大学の安藤昌也先生に献本させていただいたことが縁になりました。

「徳島の学校で、UI/UXデザインを教えられる先生を募集しているけど、どうですか」と声をかけていただいたんです。正直なところ、徳島はちょっと遠いなと思ったのですが、神山まるごと高専が面白そうな学校だったので、まずは話を聞きに行くことにしました。そして、「この学校でぜひ教えてみたい!」と思ったので働くことになりました。

―― 見学に行かれて、何に心を動かされたのでしょうか。

大きく2つのポイントがあります。1つは神山まるごと高専の教育に関心をもったことです。15歳から20歳までの学生が5年間、テクノロジー、デザイン、起業家精神を学びます。特に、カリキュラムディレクターに、トップクリエイターとして知られるPARTY代表の伊藤直樹さんがいたことも魅力的でした。それだけでデザインに非常に力を入れているとわかります。

もう一つの理由は、デザイナーになりたい人ではなく、ひとつの武器としてデザインを覚えたい学生たちに教えることに魅力を感じたからです。

当時の私は「経営者やビジネスパーソンにUI/UXデザインを理解してもらえるような機会を作りたい」と考えていました。だからこそ、今後社会を作っていく10代にデザインを教えることは、自分のビジョンや想いととてもマッチしていました。

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する��理由

―― ビジネスパーソンにデザインを理解してほしいと思っていたのはなぜでしょうか?

私は、ビジネスでイノベーションを起こすためには三つの要素が必要だと考えています。 一つは収益を上げて事業を継続していく持続可能性です。二つめは現実的に実現できるかというテクノロジーの視点。三つめはユーザーが喜んでくれるか、使ってくれるかというユーザー視点で、デザイナーが力を発揮できる分野です。この三つが重なるところにイノベーションが生まれると思っています。

最近では二つめのテクノロジーに関して注目が集まっていて、学校でプログラミングの授業があったり、AIに力を入れているビジネスパーソンや経営層が多かったりしますよね。

ただ、デザインについては「自分にはセンスがないから、よくわからない」という方が圧倒的に多く、理解がなかなか進んでいません。デザインに関する理解が深まらないと、日本ではなかなかイノベーションが生まれづらいです。そのため、デザイナー以外の方がデザインをもっと理解したり、デザイナーがビジネスを理解してデザインの重要性を伝えていったりする必要があると考えていました。

―― そうだったのですね。見学に行って本末さんが教壇に立つまでは、どのくらいでしたか?

見学に行ったのが2023年10月で「ここで教えたい」とすぐに心を決めました。妻と相談して、妻の実家がある岡山県に転居して、徳島に通うことになりました。24年2月に岡山県に引っ越して、24年4月から神山まるごと高専のスタッフとして働き始めました。

スタートアップよりスタートアップらしい雰囲気をもつ「神山まるごと高専」

―― 「神山まるごと高専」の特徴を教えていただけますか。

神山まるごと高専が開校したのは2023年4月のことで、現在3年目を迎えています。神山まるごと高専の育成する人材像として「モノをつくる力で、コトを起こす人」を掲げているのですが、必要なスキルを概念図にした「神山サークル」というものがあります。その中でデザインの授業は、特にモノを作る力を担っています。

授業としてはデザインのほかに、プログラミング、英語や国語や数学などの基礎科目もあります。 授業の構成は大学と似ていて、授業は1回あたり90分で、1日最大4コマの授業があります。

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する理由

―― 本末さんはどんな授業を担当されていますか?

私はWebデザインやUI/UXデザイン、印刷物などのエディトリアルデザインの授業を前期4コマ・後期4コマ担当しています。

例えば、エディトリアルデザインの授業では日本全国から集まった学生たちが地元を紹介する冊子をつくりました。UI/UXデザインの授業では、ペルソナを決めてユーザー体験を絵コンテにしたり、デザインツールのFigmaの使用方法を覚えて、Webサイトのデザインを行ったりしています。

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する理由

デザインの授業を担当するスタッフは私を含めて3名で、中学校や高校の教員をしていた方、アーティストとして活躍していた方、そして実務でデザインをしてきた私です。

―― 教える上で大事にしていることを教えてください。

昨年はわかりやすく簡単に教えることを心がけていたのですが、今年からはもっとレベルを上げてもいいかなと思っています。なぜなら、想像以上に学生たちの飲み込みが早かったからです。デジタルネイティブ世代ですし、楽しいと思ったら夢中で学びます。

神山まるごと高専には「スカラーシップパートナー(SP)」という制度があります。パートナーとなるSP企業に出資・寄付していただき、その運用益が学生の奨学金になります。SP企業は複数あり、それぞれの企業に4名ほどの学生が紐づいています。 毎年、学生とSP企業さんとのコラボレーションを発表する機会があり、先日も新規事業案を考えるというお題で発表会が開催されました。

発表を見ると私が教えたことが十分に発揮できていました。学生たちはデザインだけでなくプログラミングやアントレプレナーシップの授業も受けていることもあり、非常にレベルの高いプレゼンテーションでした。

―― 一般的な学校でそういった機会がないだけで、学生たちはさまざまなことを吸収できる素養を持っているということでしょうか。

私はそう感じています。これまで美大や専門学校でも教えたことがありますが、それよりもレベルが高いのではないかと感じる学生もいます。この子たちが20歳を超えたら、どんなふうに化けるのかという期待感があります。

―― 働く場所として、神山まるごと高専はどんな雰囲気ですか?

先日スタッフの合宿をしたときには、起業家精神の定義、どんな学生に育ってほしいか、教員はどんな行動指針をもっているべきなのかなど多くの議論をしました。そんな時間を過ごしながら、「スタートアップよりもスタートアップらしい学校だな」と感じましたね。

神山まるごと高専が大事にしている考え方に「βメンタリティ」というものがあります。失敗を恐れずに挑戦し、常に成功を目指す姿勢のことです。社員カードにも同じ言葉が書かれていて、冒頭には「失敗を恐れることは、私たちの学校にはありません」という一文があります。つまり、学生もスタッフも挑戦していいんです。

一般的な学校とはかなり雰囲気が違うと思います。神山まるごと高専では学生は「先生」ではなく「スタッフ」と呼び、私は「おろちゃん」というニックネームで呼ばれています。こうした風通しのいい雰囲気があるのは、Sansanの寺田さんをはじめ多くのイノベーティブな経営者が、経営に参画しているからだと思います。

デザインを教えることで理解が深まり、デザイナーとしての実務にも生かせる

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する理由

―― 本末さんが教育に携わるようになったきっかけを教えてください。

20代半ばの頃に「補助講師として教えてみないか」と声をかけていただいたんです。教えるのはもう少し経験を積んでからと思っていましたが、まずはやってみようと思いました。その後は専門学校やハローワークの教育実習、ウェビナーなどで講師をさせてもらいました。

―― デザイナーとして働きながら、教育に携わってこられたのですね。

デザイナーとして実務をしながら、10年以上教育に携わっています。現在も週4日は神山まるごと高専で教員や校務をしながら、週に1日はフリーランスとしてデザイナーをしています。

―― 教育者に向いているのは、どんなデザイナーだと思いますか?

僕自身はただ教えるのが好きで楽しいからやっているだけなので、なかなか難しい質問ですね。

デザインは感覚やセンスによるものだと思われがちですが、レイアウトや色、文字などはすべて言語化できると私は考えています。だから、感覚ではなく、ロジカルに教えることが大事です。 すぐれたデザイナーが必ずしも教えるのがうまいとは限りません。

―― 感覚で教えてしまうと学生が再現することが難しいですよね。現場のデザイナーとしての経験を重ねていくと、教える内容もブラッシュアップされていくのでしょうか。

そうですね。UI/UXデザインは書籍もまだ少なく、教えている人が少ないです。私は10年以上UI/UXデザインを教えていますが、10年前に教えていたことと今では内容もずいぶん変わっています。当時は自分が学んで「これが正しい」と思って教えていたことも、今振り返ってみると学びが足りなかったと思う部分もあります。

勉強すればするほど人前で教えるのが恥ずかしくなるという気持ちはずっともっていますが、教えることによるメリットも感じています。 実務は3割程度の知識で乗り切れたとしても、教える場合は8〜9割は理解していないと難しいんです。教えるための根拠が必要ですし、学生から質問もされますから。スライドを作成したり、学び直したりすることで自分の知識が深まっていき、逆に仕事の場で生きるという経験を何度もしました。

―― 教育に興味のあるデザイナーの方にアドバイスやメッセージをお願いします。

教えることに興味のあるデザイナーはあまり多くないかもしれません。教育者は仰々しい響きですし、「自分が教えることなんてない」と思う人もいるでしょう。 そんな人は、社内のLT(ライトニングトーク)で話す、ウェビナーで話す、noteに自分の考えをまとめるなどの一歩から始めてみるのはどうでしょうか。すると、人に教えることによる学びに気づくと思います。

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デザインをアカデミックに研究することにも関心が出てきた

東京のスタートアップで働いていたデザイナーが「神山まるごと高専」でデザインの授業を担当する理由

―― 改めて、本末さんにとって「よいデザイン」とは何ですか?

デザインには二つの役割があると思っています。一つは使いやすくユーザーの役に立つという機能的な面、二つめはドキドキする、素敵と思われて身近に置きたくなるようなアート的な機能です。そのどちらも大事にできているのがよいデザインだと考えています。 世の中にあるものは、どちらかに寄っていることが多いです。使いやすいけどドキドキしなかったり、とてもかわいいけど役に立たなかったりしますよね。

私はこれまでデザインの役立つ機能面を話すことが多かったのですが、神山まるごと高専で学生に教えてみると、楽しくないと全然反応してくれません。最近は改めてどちらの面も大事なのだなと強く感じます。

―― 今後の展望について教えてください。

神山まるごと高専で「准教授」という肩書きをいただいているので、デザインを学ぶ上で土台となるようなアカデミックな授業もやっていきたいと思っています。

そう思ったきっかけは、母校の先生に近況報告で会ったときにこんな言葉をかけられたからです。「学生の頃には少し退屈に感じるくらいの授業が、大人になってからふと思い返したり、生きてきたりするんだよ」と。

この言葉を聞いてなるほどと思いました。私はこれまで社会人向けにデザイン教育をしてきて、実務ですぐに使えるテクニックを教えることが多かったのですが、生徒たちの今後の人生で土台となるような授業もやっていきたいですね。

また、神山まるごと高専で授業を担当するようになってから、さまざまな大学教授の方とお話しする機会が増えました。例えば、ユーザー体験の価値をどう数値化するか、デザインがビジネスにどんな事業インパクトをもたらせるのか、アート寄りの表現をテクノロジーとデザインを組み合わせてどう表現するか。さまざまな領域を研究されていて、話がとても面白いんです。今後は私自身もデザインに関する探求を深めていきたいです。

執筆久保佳那

東京生まれ。新卒でNECシステム建設(現・NECネッツエスアイ)で法人営業を経験後、転職サイトtypeの求人広告制作、マーケティングを経験。株式会社ウェブライダーでオウンドメディア企画、ライティングを経験。2017年7月より独立し、経営者や管理職のインタビュー、書籍のライティングなどを行う。

https://note.com/kubokana/n/n0d153fa434f7

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