インタビュー

AI時代に求められるUXデザイナーとは?オランダで活躍するデザインリーダーに聞く

最終更新日:2025.08.04
AI時代に求められるUXデザイナーとは?オランダで活躍するデザインリーダーに聞く

AIの台頭により、「UX/UIデザイナーは今後不要になるのでは?」という声が聞かれます。デザイナーはこれまで、デザインの手法を時間をかけて学んできましたが、今や「ChatGPT」などのアプリケーションにプロンプトを入力するだけで、AIがさまざまなタスクを自動で処理してくれるようになりました。

しかし、「そんな時代だからこそUXデザイナーが必要とされる」というのは、オランダで数々の大企業のUXデザインを手掛けてきたトム・レインハウト(Tom Reinhoudt)さん。オランダではどのようなUXデザイナーが求められているのか、また、これから必要となるスキルや経験とはどのようなものなのか、話を聞きました。

トム・レインハウト(Tom Reinhoudt)さん

トム・レインハウト(Tom Reinhoudt)さん

今回お話を聞いたデザイナーさん
Tom Reinhoudt

オランダ南部ブレダ市にあるAvans応用科学大学でUXデザインを学び、卒業後はオランダの電気機器メーカー、フィリップスの照明部門フィリップス・ライティング(現在のSignify)に入社。その後も世界最大の半導体装置メーカーASMLや、オランダの大手電力会社Enecoなど、大手企業でアプリ設計やデータ可視化などに取り組んできた。2021年に独立後も、大手エネルギー会社グリーンチョイスやASMLのプロジェクトに従事。今年8月からは、デロイトでUXマネージャーを務める。

大手企業でUXデザインを研鑽、起点は人間中心のデザイン

―― Tomさんのバックグラウンドを教えてください。

大学ではマルチメディアデザインとコミュニケーションを学びました。「人はどう考えるのか?」「なぜその選択をするのか?」など、人間の行動や思考に興味があって、それに寄り添ったデザインをしたいと思っていました。

卒業制作では、オランダの電気機器メーカー「フィリップス・ライティング」のプロジェクトとして、デジタル照明の未来に向けたビジョンやロードマップを作りました。パートナーと一緒に100ページに及ぶ資料を作って、「最終発表はCEOにもぜひ見てもらいたい」と豪語していたら、本当にCEOが来てくれて。なんとその場で内定が決まりました(笑)。

―― 即内定、すごいですね!入社後は、どんなお仕事をしましたか?

「Philips Hue(フィリップス・ヒュー)」というアプリのUXデザインを担当しました。これは、家中の照明の色や明るさをスマホのアプリで操作できる仕組みです。今もこのアプリは使われていますが、私が関わったのは最初のバージョンで、当時としてはかなり革新的なものでした。

例えば、ユーザーが家を出ると自動的にライトが消える機能があります。これは、スマホの位置情報を使って、自宅から100メートル以上離れると自動的にライトをオフにする仕組みです。ほかにエンターテインメント機能もあって、例えばテレビで映画を観ているとき、画面の動きに合わせて部屋の照明も連動して点滅したり色が変わったりします。爆発シーンがあると、ライトが実際にパッと光るんですよ。没入感がすごくて、まさに視覚と空間の一体化という感じですね。

フィリップス・ライティングで6年間、さまざまなプロジェクトに関わった後は、半導体装置メーカーのASMLに転職しました。

Philips Hue

Philips Hue

―― ASMLではどんなプロジェクトに取り組みましたか?

半導体製造装置のデータビジュアライゼーションを担当しました。ASMLの機械が出すデータ量は本当に膨大で複雑ですが、私の仕事は、そのデータを見やすく、理解しやすくして、エンジニアが製造プロセスを改善するのに役立てることでした。そのために韓国や中国、アメリカなどの工場に飛んで、現場のエンジニアたちの働き方や、どんな情報が必要かを直接観察・ヒアリングしましたね。

そしてそれぞれの工程にいるエンジニアが必要とする情報を把握した上で、モジュラー型のダッシュボードをデザインしました。ベースのテンプレートは同じでも、それぞれのエンジニアのニーズに応じて表示内容が変えられる仕組みで、エンジニアがいちいち細かく設定しなくても済むように工夫したんです。

―― すごくテクニカルな仕事ですね。そこから次は電力会社に移ったんですよね?

はい、2年半ほどASMLで働いた後、一般ユーザーに向けた環境に戻りたいと思い、大手電力会社のEnecoに入りました。ここでは、ウェブサイトやアプリのオンライン体験をどう統一するかが課題でした。ウェブでもアプリでも「同じような使いやすさ・印象・機能」を提供するために、私は戦略的な視点からUXデザインをリードする役割を担いました。

まだ若くて未熟だったのですが、私はアイデアや意見がたくさんあったので、自分より10~20年キャリアの長い人たちも含めたチームを構築して、最終的には20人以上のデザインチームをまとめることができました。ここでは本当に多くのことを学び、成長したと思います。

―― オランダの有名企業ばかりで経験を積まれたんですね。その後は、独立してフリーランスに。

はい。Enecoで3年以上働いた後、4年間フリーランスのUXデザインリードやコンサルタントとして活動してきました。その間、オランダの電力会社「グリーンチョイス」で、オンライン環境の改善やユーザー向けのデータ可視化などに取り組みました。

また、以前働いていたASMLから再び声がかかり、データビジュアライゼーションのプロジェクトに参加することになりました。ただし、今回は別の部署で、よりマネジメント視点からプロジェクト設計を任されました。経験を積んだ後だったからこそ、より効率的にプロジェクトを進められたと思います。

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オランダで求められるUXデザイナー像とは?

―― Tomさんの過去の経験を踏まえて、オランダでは今、どんなUXデザイナーが求められているのでしょうか?

今はマルチレベルで動けるUXデザイナーがとても重宝されています。つまり、戦略的な視点で物事を考えられて、かつユーザーのニーズをしっかり汲み取れる人。さらに、チームを巻き込んでファシリテーションできるスキルも求められます。

そして、ユーザーリサーチを深く行い、その結果をデザインの方向性に落とし込める力、開発者としっかり連携できる技術的な理解力、そしてAIやデータ、システム思考の理解など、幅広い視点を持つことが今のUXデザイナーには求められています。

―― すごくたくさんのスキルが必要なんですね。技術的な知識、例えばプログラミングなども学んだのですか?

そうですね、大半は実戦で学びました。私自身はエンジニアではないですが、開発者が使う言語や考え方、仕事の進め方はしっかり把握しています。

デザイナーと開発者って、考え方がかなり違うんです。でも、両者が一緒に最終成果物を作るので、連携がうまくいかないと意味がない。だからこそ、お互いの言語を少しでも理解し合うことが大切です。

例えば、素晴らしいデザインを考案したとしても、ITシステムが古すぎてそれをサポートできないということもあります。そうした場合、現在の技術的な制約の中で最適な解決策を生み出すことも、UXデザイナーの重要な役割です。

この点では、私は何度も失敗を経験しました。すごく凝ったデザインをしてしまって、後になってITシステムとの整合性を確認していなかったと気づいたり。でも、そうした失敗を通じて学ぶのが、一番の学び方だと思います。若いうちは、ミスを許容してくれるような組織や環境を見つけることがとても大切です。そういった場所でこそ、本当に成長することができますから。

―― なるほど。技術面に関しては、AIの台頭でUXデザインの仕事にも影響がありますか?

ものすごくありますね。今まで手作業でやっていたデザインの多くが、これからは大規模言語モデル(LLM)などのAIによって置き換えられていくでしょう。それは避けられない変化です。ただ、それを恐れるのではなく、柔軟に受け入れて、どう活かすかを考えるべきだと思います。

―― 具体的にはどう活用しているんですか?

例えば、私はアイデア出しやリサーチの段階で「ChatGPT」を話し相手のように使っています。スピーク機能を使って実際にAIと話しながら、ブレインストーミングをしている感覚ですね。AIはとても効率的ですし、デザインの初期段階において人間の創造性をサポートしてくれます。

―― AIの台頭で、一部では「UXデザイナーはもういらない」と言う声もありますよね?

その説も一理ありますが、求められているUXデザイナー像が変わってきているだけだと思います。数年後にはおそらく、プロンプトを入れるだけで、AIがUIデザインを生成してくれるようになるでしょう。そうなれば、私たちが今やっているような「手を動かして画面を作る作業」は必要なくなるかもしれません。でもだからこそ、私たちUXデザイナーには、そのプロンプトに込める意図・倫理・共感性の部分を設計することが重要になります。つまり、「どう作るか」よりも、「なぜ・誰のために作るか」が問われる時代です。

―― これからはむしろ人間らしさや倫理的な感性といった本質的な部分が、ますます重要になるということですね。

そう思います。テクノロジーがどんどん進化し、デジタル化が進むほど、体験から人間らしさや温かみが失われがちになります。だからこそ、UXデザイナーの仕事は「人間性を守ること」でもあるんです。信頼できる体験をどう作るか?透明性や倫理はどう担保するか?――それを考えるのが私たちの仕事です。

―― 最後に、日本のUXデザイナーにアドバイスをいただけますか。

もちろんです!まずひとつ目はとても基本的なことですが、「好奇心を持ち続けて、学び続けること」。今のような変化の激しい時代には、デザイナーとしてだけでなく一人の人間として柔軟に変化を受け入れていく姿勢が大事だと思います。

二つ目は、「他分野とのコラボレーションを大切にすること」。本当にいいものが生まれるのは、デザイン、エンジニアリング、ビジネス・ユーザーが交わる三角形の中です。そのためにも、ステークホルダーを理解し、その人たちの言語で話せるようになるといいと思います。

三つ目は、「自分の文化を強みにすること」。日本のデザインには、シンプルさ、美しさ、細部へのこだわりといった素晴らしい要素があります。これはUXの世界でも、とても重要な価値です。それに人間中心のアプローチやグローバルな実践を組み合わせることで、独自の表現につなげてほしいと思います。

そして最後に、「許可を待たないで行動すること」。改善できそうだと思ったら、プロトタイプを作って見せてみる。それがチャンスを生むことも多いです。特に、オランダのようなダイレクトな文化では、自分から動く人が評価されやすいです。日本の文化では遠慮が美徳かもしれませんが、時にはちょっとしたリスクを取って、一歩踏み出してみる勇気も大切なのではないでしょうか。きっとその一歩が、新しい扉を開いてくれるはずです。

インタビュー
UXデザイン
執筆山本直子

フリーランスライター。日本、中国、マレーシア、シンガポールで主にライター・編集者として活動した後、2004年よりオランダ在住。同国の生活・教育・イノベーション・デザインを雑誌やオンラインメディア、ラジオなどで紹介するほか、オランダと日本を結ぶさまざまな活動を手がける。著書に『週末は、Niksen。』(大和出版)。

https://www.yamantextfactory.com/

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