Web Designer DepotのNoah Davisが、Figmaを2000年代初頭のMacromedia Dreamweaverになぞらえる挑発的な論考を発表した。かつてDreamweaverは、ドラッグ&ドロップの視覚的操作によって「HTMLやCSSを知らなくてもWebが作れる」と一世代のデザイナーに信じ込ませた。Davisは、Figmaの美しいキャンバスもまた同じ幻想を生んでいると指摘する。静的で心地よいキャンバスの中に閉じこもることで、現代のデザイナーは実際のWeb開発に対して無防備になっている、という主張だ。
第一の問題は、ブレークポイントの幻想である。Auto LayoutやVariablesはコードの機能を模してはいるが、Webの振る舞いそのものを再現するわけではない。375pxのモバイル、1440pxのデスクトップといった固定幅で設計すると、その間に広がる「巨大な死角」を見落とす。ユーザーが実際に体験するのは、アートボードとアートボードの間の無数の中間状態なのだ。
第二に、パフォーマンスの問題が不可視化される。Figmaは常に瞬時に、完璧にレンダリングしてくれる。しかし現実のWebには、フォントの読み込み遅延、Cumulative Layout Shift、画像の非同期表示といった、体験を大きく左右する要素がある。キャンバス上ではこれらが一切見えないため、デザイナーはその存在を意識しないまま設計を進めてしまう。
第三に、失敗状態への盲点だ。APIエラー、想定より長いテキスト、貧弱な回線。こうした「うまくいかないとき」の表示を、Figmaは自動的には見せてくれない。結果として、デザイナーが見落とした失敗状態を、実装するエンジニアがそのまま引き継ぐことになる。ピクセル単位の完璧な静的レイアウトに没頭するほど、動的な現実から遠ざかるという逆説がある。
Davisが求めるのは、ピクセルではなくシステムを理解するデザイナーだ。コンポーネントの構造、無数のUI状態にまたがる動的な振る舞い、デザイン判断がもたらすパフォーマンスへの影響、セマンティックなコード構造とアクセシビリティ。彼は、実際のコードでプロトタイプを組み、失敗状態を前提に設計し、デザインシステムをFigmaの中の孤立した成果物ではなく本番のコードへ直接対応させることを勧める。ツールが快適であるほど、その快適さが何を隠しているのかを問う姿勢が要る。
出典: Figma is the New Dreamweaver: How Modern Prototyping Tools are Trapping Us in 2018









