
デジタル領域特化のクリエイティブ集団として、クライアントワークを手がけるフラー(千葉県柏市 / 新潟市)。東急やスノーピーク、長岡花火財団など大手クライアントも多い。そんな同社では、組織としての品質向上を目指す目的で、デジタル領域に特化したソリューションを提供するデザインブランド「フラーデザイン」を2022年7月に発足。デザイナー育成の軸となる「4つの力」を定め、独自の組織体制や教育制度を構築している。フラーデザインの具体的な取り組みと成果を、取締役CDO兼デザイングループ⻑の櫻井裕基氏、統括マネージャーの古賀佳奈実氏(役職等は取材実施時点)に聞いた。
「統合型デザイナー」を育成し、「幅広いものづくり」を提供
2011年に創業し、約200名(2025年6月時点)の従業員が在籍するフラー。デザイナー、エンジニア、ディレクターが高い比率を占めるクリエイティブ集団だ。デジタルプロダクトの戦略立案からデザイン、アプリ開発、運用・データ分析まで一貫して提供する「デジタルパートナー事業」を手がける。

デジタルプロダクトにまつわる一連のソリューションを社内完結で提供

「アプリに強い会社」と認知されており、大手クライアントの案件を多数請け負う(フラー コーポレートサイト トップページより )
「組織としての強みは、ものづくりの幅が広いことです。デジタルプロダクトに加えて写真撮影やグラフィックデザイン、ブースデザインなど、プロジェクトに関連したさまざまなソリューションを社内完結で提供できます。品質にも独自のこだわりがあり、当事者意識を持った丁寧なものづくりが特徴です。例えば、スノーピークさんの案件なら、キャンプ体験。銚子丸さんなら、お寿司を食べに行くなど。そうした実際に体験してみる文化があります」(櫻井氏)
幅広いソリューションを提供することから、フラーに所属するのは、UXデザイン・UIデザイン・グラフィックデザインなどの領域を分けない「デザイナー」のみ。それに加えて、キャラクターデザイン、DTP、ブランディング、3Dデザイン、アニメーション・動画制作、写真撮影なども対応可能領域に含まれる。

フ ラーのデザイナーは、幅広い領域を請け負う「統合型デザイナー」となる
「デザインは『見た目』だけではなく、 本当に必要なものを創り出すための『手段』だと私たちは捉えています。領域を狭めず、必要なソリューションを提供する自社の強みを貫くには、効率的に高品質のデザインをアウトプットすることが求められます。、そのためにも、一人が意思決定できる範囲を広げる『統合型デザイナー』のあり方がベストだと考えています」(櫻井氏)
欲を言えば、コーディングや分析もデザイナーができれば、もっといいだろう。とはいえ、組織としてのスケールを考えると現実的ではなく、カバー範囲は一定の線引きをしている。その代わり、他領域を理解する姿勢や大枠の考え方を浸透させる努力をしていると櫻井氏は説明した。

フラーで取締役CDO兼デザイングループ⻑を務める櫻井裕基氏
フラーデザインでは、デジタル領域のデザインにおいて「ビジネス」「人」「技術」の3要素が重要という考え方を大切にしている。デザイン思考の伝道師であり、IDEOの会長であるティム・ブラウン氏の考え方に基づいており、「人々のニーズ」「実現可能な技術」「実行可能なビジネス戦略」を融合させてこそ、価値のあるデジタルプロダクトを創出できると考えているのだ。

価値あるデジタルプロダクトデザインには、3つの要素が欠かせない
そうした価値観のもと、同社がもう一つ取り組んでいるのが、エンジニアフレンドリーなデザインデータづくりだ。「FULLER Design Guideline」と名付けた社内共通のデザインシステムを持ち、エンジニアが理解しやすく実装しやすい、変更に対応しやすい基準づくりに注力する。

エンジニアフレンドリーなデザインデータ作りに注力
「事業会社では当たり前だと思いますが、当社ではクライアントワークにおいてもデザインシステムを構築しています。汎用性の高い基準を定めることで、職種間の関係性向上や効率的なコミュニケーション、デザインの効率化 や品質向上に努めています。クライアントのデザインに向き合うだけでなく、『デジタルプロダクトデザインに純粋に向き合う姿勢』を大事にしています」(櫻井氏)
フラーデザインで伸ばす「4つの力」を軸に、教育を仕組み化
2022年7月には、組織拡大に伴い、デジタル領域特化のデザインブランド「フラーデザイン」を発足。フラーとしてのデザインのあり方を定義し、育成方針や人事制度、レビューや会議体の仕組みを再設計することで、属人化の解消と品質の維持・向上を図ることが目的だ。

フラーデザイン発足と同時に、モニタリングやデザインレビューの体制も見直した
現在、フラーデザインではCDOの櫻井氏を筆頭に組織体制を構築。その下に、デザイナー組織の運営(リソース管理や教育、採用広報など)を担当する「統括マネージャー」として古賀氏が在籍し、その下に、数名のデザインマネージャーがいる。デザインマネージャーは、プロジェク トデザイナーのほか、従業員の育成や担当プロジェクトのレビュー、組織運用の一部も担う。現在は、さらに各ユニットにチームリーダーを立て、従業員の育成を分担している。
フラーデザインの発足時は、CDOの直下に「デザインマネージャー」を置いていたが、「デザイングループのメンバーが40名規模になった2024年10月に、新たな立場として「統括マネージャー」を作ったという。

フラーで統括マネージャーを務める古賀佳奈実氏
「組織が拡大するなかでデザインマネージャーだけでは限界が見え始め、組織運営に集中する『統括マネージャー』の役割が新設され、私が就任しました。デザイナー1人ひとりが『自ら成長する力』を発揮できる組織を目指し、櫻井さんやデザインマネージャーと一緒に組織の環境構築を担っています」(古賀氏)
フラーデザインでは、高品質のデジタルプロダクトを生み出すために、「理解する力」「設計する力」「伝える力」「表現する力」の4つの力が不可欠であると定義した。

フラーデザインでは、デザイナーに求められる「4つの力」を定義
そして、この4つの力を軸に人事制度や教育体制を整えている。人事制度では、各々がスキルアップに励みやすいよう4つの力を細分化した項目を作り、評価を具体的に示している。

「4つの力とは具体的に何か」を細分化して、文書で提示している
4つの力は、社内の共通言語としても機能している。例えば、各々がテーマを決めて学ぶ週に一度の「勉強タイム」では、「表現する力の向上を目的にバナー制作に取り組む」「伝える力を伸ばすために言語化の練習をする」など、4つの力に紐づいた内容に取り組むことも多い。また、「表現する力を育むためのデザインコンペ」、「伝える力を鍛えることを目的としたLT」など、事あるごとに4つの力を意識するような企画・発信を心がけているという。
「人事評価や目標設定において私たちがアドバイ スをする際も、『理解する力のうち、今期は特にユーザーへの理解に向き合ってみよう』、『設計する力のうちUI設計には向き合えているので、今期はユーザーのストーリー設計に取り組んでみよう』など、本人が具体的に意識できるような伝え方をしています」(古賀氏)

社内では「4つの力」が文化として浸透、各々のスキルの解像度も上がっているという
「フラーデザインを発足してから3年近く経過しましたが、目指すべき道標が明確になり、デザイナーの言葉の節々から文化の浸透を実感しています。個々のデザイナーにおけるスキルの解像度も上がり、漠然と『まだ未熟である』という評価ではなく、『理解は十分にあるけれど設計が弱い』などと具体的に話せるようになりました。デザイナーの行動変容につながったり、意思決定に迷いがなくなったりと一定の効果を感じます」(櫻井氏)
「元々、櫻井さんの頭の中にしかなかった考え方をデザインマネージャーやチームリーダーが共有できるようになったことで、レビュー時の視点合わせや目標設定などの評価におけるサポートがしやすくなりました。もし、現在のような指標がない状態で組織が拡大したら崩壊していたかもしれないとすら思います」(古賀氏)
フラーデザインの事例 クライアントに伴走して価値創出へ
フラーデザインの事例はさまざまあるが、分かりやすいものとして2つの案件を紹介したい。
一つは、2023年3月に実施した、日鉄ソリューションズのキャリアリフレクションツール「なやさぽ」のリニューアルだ。産業・流通・Webサービス・金融・公共・通信など幅広い業界の顧客に向け、先端ITを駆使した課題解決・ビジネス共創を行う同社では、従業員のキャリア形成における「リフレクション(内省)」の過程をサポートするツール「なやさぽ」を提供している。

日鉄ソリューションズのキャリアリフレクションツール「なやさぽ」(フラー コーポレートサイト 事例紹介 日鉄ソリューションズ株式会社より)
ブラッシュアップ実現に向け、フラーはtoCにおけるデジタルプロダクトデザインの知見を生かし、共同でデザインリニューアルを実施。ロゴ・キャラクターを新たに作成したほか、「集中と没入感」をデ ザインコンセプトにサービスデザインを大幅にアップデートした。デザイン完成後も、さらなる成長を目指して伴走を続けているそうだ。
「最初の1ヵ月間は、先方へのヒアリングやディスカッションを集中的に実施しました。先方のプロジェクトチームと同じ視線で『なやさぽ』のことを考えられる当事者意識を醸成した後、デザイン設計に取り掛かりました。集中した議論を通じてビジネスモデルの課題も発見し、当事者として改善策や解決策を提示することでブラッシュアップを実現できたと考えています」(櫻井氏)
もう一つは、2021年3月に東急がリリースした地域共助プラットフォームアプリ「common(コモン)」の共同開発だ。同アプリでは、東京を中心にエリアごとにプラットフォームを展開。独自のデジタルマップで地域限定のニッチな情報を入手できるほか、「投稿」「相談」「譲渡」の3つのコミュニケーションを通じて、地域に住む人々との交流も促進する。

地域と密につながれるアプリ「common」は、神奈川や千葉、茨城にも展開エリアを広げている(フラー コーポレートサイト 事例紹介 東急株式会社より)

