
世界で活躍するデザイナーの仕事の裏側が知れるNetflix番組「アート・オブ・デザイン」。シーズン2に登場する、イアン・スパルターは2016年にInstagramのアイコンをリデザインしたことで知られています。その後Instagramは写真を投稿するアプリにとどまらず、月間14億人以上が利用する巨大SNS、人々の自己表現の場となりました。
イアン・スパルターはInstagramのアプリのUX・UI、アイコンのリデザインのあと、現在はMetaの日本支部でメタバースデザインディレクターとして働いています。
Netflixシリーズ「アート・オブ・デザイン」シーズン1~2独占配信中
イアン・スパルターがデザインのうえで大事にしているのが「お笑い」「茶道」に共通するという、「トライ・アンド・エラー」でした。
イアン・スパルターとは
Netflixシリーズ「アート・オブ・デザイン」シーズン1~2独占配信中
イアン・スパルターはニューヨークのブロンクス郊外ニューロシェルに生まれました。少年時代から外で遊ぶよりも白いノートにずっと絵を描いていたそうで、小学校6年生のときに両親から「コモドール64」という64kbのメモリを搭載したコンピュータをプレゼントされるとプログラミングに夢中に。
大学時代はインターネット黎明期で、コンピュータ室で夜中の3時までデザインを開拓し続けるような日々を過ごします。
マサチューセッツ州のハンプシャーという大学で、コンピュータグラフィックスやヒューマンファクターについて学び、卒業してからはアメリカの大手デジタル・エージェンシーR/GAでナイキをクライアントに、ウェアラブルデバイス「FuelBand」を開発し有名になります。「FuelBand」は目標設定が可能な初の活動量計で、人の生活習慣を改善するシステムはApple Watchへ引き継がれました。
GoogleやFoursquareのデザイン責任者を経て、Instagram(現Meta)に移りアプリやメタバース体験のデザインに関わっています。
InstagramのアイコンとUX・UIをリデザイン
2013年にiOS7アプリがフラットデザイン風になり、2016年ごろは多くのアプリのアイコンがフラットデザインになっていました。ただしInstagramは「スキューモーフィズム」と呼ばれるような、立体的なカメラのアイコンでした。
2016年はちょうどInstagramが利用者を伸ばして変化するタイミング。Instagramの共同創業者ケビン・シストロムはスパルターにロゴとアプリ全体のUX・UIのリデザインを依頼します。もっともシストロムは「元のアプリとロゴは自分がつくったものだったし、最初はリデザインが嫌だった」そう。
イアン・スパルターのリデザインアプローチ
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イアン・スパルターはアイコンのリデザインにあたって、まず「Instagramらしさ」を抽出する作業にとりかかりました。元のInstagramのアイコンのレンズはキャンディーを思わせ、茶色はテディベアを思わせる。一方で虹のモチーフもある。
メンバーや関わる人たちに「10秒で今のロゴを描いて」と依頼すると、誰のスケッチにも「虹の部分」が入っていました。
そのためカメラの要素はフラットにしつつも、虹の色合いを強調するように。虹・マルチカラーはだんだんグラデーションで表現されるようになりましたが、最終的に四角に大小の丸がある、シンプルなInstagramのアイコンにデザインされ直されました。
このリデザインは反響が大きく、ある広告誌には「なぜ直すのか」「最悪」といった意見もありました。ただじわじわと新しいInstagramのアイコンは定着し、ユーザー数は10億人を超えます。
スパルターとデザインチームのメンバーによって、アプリ内のUIもどんどん変化していきます。それまではボタンや色合いも複雑でしたが、写真をユーザー体験の中心に据えるためシンプルになっていったのでした。
コメディアンとUXデザイナーの仕事は似ている?
イアン・スパルターはコメディアンの仕事とUXデザイナーの仕事は似ている、と語ります。コメディアンは人を笑わせるために、何度も同じジョークを話します。観客の反応を見ながら、ウケるように調整する。UXも人々の体験や感情をデザインする。そのために製品を試用させて、データ化して何度も改善を繰り返していく。お笑いとUXデザインはそこが似ていると。
99Uによる、こちらの動画でもその思想が解説されています。
ジョージ・ルーカスによる『スター・ウォーズ』やILMの仕事を見て、アートと科学を融合させて生み出される魔法にイアン・スパルターは惹かれたそうです。
データにデザインがかけ合わさることで魔法のような体験が生まれる。そのときにスパルターが大事にしているのは、「よその国の人」のような視点。アメリカ人と日本人のInstagramの使い方は違う。自撮りよりも風景が多かったりする。「Instagramはディテールと技巧に重きを置くが、日本ほどそこにこだわる国はない」とスパルターは語ります。
柳宗理のデザインや熊野古道が好きだというイアン・スパルターは現在、日本に住みInstagramジャパンの責任者となり、現在は日本をベースにMeta Japanのメタバースデザインディレクターを務めています。
茶道にも通ずるトライ・アンド・エラーの精神とDIY
「トライ・アンド・エラー」で思い出すのが、『自分の仕事をつくる』(西村佳哲/ちくま文庫)に出てくる、IDEOのエンジニア、デニス・ボイルの話。デニス・ボイルはAppleの「PowerBook Duo」(1992年)のデザイン・エンジニアリングを担当した人物。ラップトップコンピュータ初のドッキングシステムを採用しており、「PowerBook Duo」はDuo Dockを利用するとデスクトップ型Macintoshとしても利 用できるコンピュータでした。
デニス・ボイルは『自分の仕事をつくる』の中で、トライ・アンド・エラーをとにかく繰り返す重要性を語っています。
「結局のところ、課題をクリアーしてゆく唯一の方法は、何度も失敗を重ねることでしかない。ほかに方法はありません。デザインのスキルの大半は、その仕事の進め方の中にあると僕は思う」(『自分の仕事をつくる』82p/西村佳哲/ちくま文庫)
『自分の仕事をつくる』には、イアン・スパルターが惹かれたプロダクトデザイナー・柳宗理も登場します。柳が重要視しているのも、とにかくプロトタイプをつくること。スケッチよりも手を動かすこと。
クリエイティブ・ディレクターのレイ・イナモトのPodcastでイアン・スパルターはトライ・アンド・エラーを茶道を引き合いに語ります。
何度も同じ動作を繰り返すことで所作が自然になっていく。プレゼンも、お笑いもそうで、脚本やプロットがあっても、それを再現するだけではぎこちない。何度も繰り返すと自然になる。ユーモアを交えてアドリブができるようになる。ようやく人を笑わせられる。
イアン・スパルターはチームメンバーとモノポリーのゲームボードを使ってスクリプトを書いたり、アイデアを手書きで(シャーピーで)描いたりするようにしているそうです。
「アート・オブ・デザイン」の中でスパルターは「情報過多で何も介在させずに世界を体験する場が必要。そこで道具に頼らず、本能を使う。少しの間体を引き、明確な視点で物を見てみよう」と語ります。
茶道というと、禅に通ずる精神性や手順のことを思い浮かべがち。茶道を「トライ・アンド・エラー」つなげる視点は意外ですが「なるほど」と思わされました。まさにこういう視点が、イアン・スパルターの仕事につな がっているのだと納得させられます。
Web編集者・ライター、マーケター。株式会社TOGL代表取締役。オンラインもオフラインも編集しており、兵庫県尼崎市武庫之荘でつくれる本屋「DIY BOOKS」を運営しています。