
大阪・関西万博のオランダパビリオンをデザインした建築家のトーマス・ラウ氏は、イノベーションを生み出す思想家としても知られています。照明や家電などを貸し出す「サービスとしての製品(Product as a Service)」や、資材を循環させる「サーキュラー建築」など、彼のアイデアは業界を超えて広がり、限りある資源を図書館の本のように回すサーキュラーエコノミーへのムーブメントを作りました。
数々の画期的なアイデアはどのように生まれたのでしょうか。また、そのアイデアを形にするにはどうすればいいのでしょうか。――クリエイティブになるための秘訣をラウ氏に聞きました。
「最適化ではダメ」、現実を転換する
「どうすればクリエイティブになれるか?答えは簡単です。ボックス(現実)の枠外で考えないこと!」――インタビューの冒頭でトーマス・ラウ氏はこう言いました。私たちはしばしば「ボックスの枠外で考えよ(Think out of the box)!」というメッセージを聞くので、これは意外な答えです。
「まずは現実をよく観察してその本質を知り、それを真逆に 考えるのです。何か創造的なことをするとき、それは大抵、普通のやり方と全く逆の方向に進むからです。真逆にしないと、すでにあるものを最適化するだけになる。しかし、創造的であるということは、既存の現実を変えることであって、単に最適化することではありません」(ラウ氏、カッコ内以下同様)。
トーマス・ラウ氏 © Daniel Koebe
ラウ氏は長らく建築家として「持続可能性(サステイナビリティ)」に重点を置いて活動をしてきましたが、12年前、50歳にして2度目の猩紅熱にかかったときに転機が訪れたといいます。
「非常に重い猩紅熱にかかり、心理的にリセットされたことで、経済システムを根底から変えることを考えるようになりました。それまでの20年間は、少しだけ健康に、省エネに、材料を減らして……という具合に、現状の経済システムを最適化するだけでした。でもそれではなにも変わらなかったことに気づいたのです。 」
明かりをレンタルする「サービスとしての製品(Product as a Service)」
経済システムを根底から変える実験は、自らのオフィスから始まりました。ラウ氏は将来できるだけゴミを出さないようなオフィスのあり方を考えました。そこで生まれたのが「サービスとしての光(Light as a Service)」です。
これはユーザーが照明設備を所有するのではなく、明かりそのものをサービスとして利用するというビジネスモデルで、電気機器メーカーのフィリップスとの提携で商品化されました。「XルーメンでX時間分の照明サービス」に対し、ユーザーは月額でサブスクリプション代を払います。
照明設備の設置、メンテナンス、エネルギー代の負担をメーカー側が担うため、製品は長持ちする上、修理・維持が簡単で、エネルギー効率の良いものに進化します。消費者は安心して高品質の製品を使える一方、メーカー側も長期で安定的なキャッシュフローを得ることができます。さらに、サービスを終えた製品はメーカーに返却され、新しい製品に再生されます。
この秀逸なビジネスモデルは、ラウ氏が立ち上げたコンサルティング会 社「TURNTOO(ターントゥ)」によって「ターントゥモデル」と名づけられ、家電メーカーやアパレルメーカーなど、業界を超えて広がりました。洗濯機、ジーンズ、オフィス家具――多くのビジネスがここから生まれました。すべては製品そのものではなく、それが提供するパフォーマンス(サービス)が売り物となる、「サービスとしての製品(Product as a Service)」です。
「資材にもアイデンティティを」サーキュラーエコノミーへの道
このモデルの根底にあるのは、「所有からの解放」です。消費者はモノを買うのではなく、借りるという経済システムになります。
従来型の直線的な「リニア経済」では、鉱山からサプライヤー、製造業者、消費者へと価値が創造されるバリューチェーンがあり、最後に消費者に渡った製品は、使い終われば廃棄されるしかありません。しかし、ラウ氏はこれに逆向きのチェーンを生み出し、消費者が使い終わった製品をメーカーに返却し、メーカーからサプライヤーへ、サプライヤーから原料会社へ、という風に資材が循環するシステムを考案しました。
「つまり、経済を図書館のように回すのです。将来、人はモノを所有するのではなく、借りるようになります。ここでは全員が資材に対して責任を持ちます。サービスとしての資材(Material as a Service)です。」
トリオドス銀行の社屋(2019年) © Ossip van Duivenbode
ラウ氏はみんながなぜ無責任に資材を使い捨てにするのかを考えた結果、「資材にアイデンティティがないからだ」という結論にもたどり着きました。これはひっくり返せば「資材に身分証明を与えれば、人は資源に責任を待つ」との発想です。
そこで生まれたのが「マテリアルパスポート」です。建築物や製品に使用されたすべての材料や部品について、供給元や再生可能性などの詳細を記録し、建築物や製品が寿命を迎えたときには、それらを再利用またはリサイクルすることを目指します。使われた資材をトレーサブル(追跡可能)にすることで、メーカーや供給者に対して責任を明確にする役割もあります。
TURNTOOモデル(出典:Turntoo)
これはオンラインのプラットフォーム「Madaster(マダスター)」に発展しました。建物に使われる材料はすべてこのプラットフォームに登録され、材料の経年と時価により建物の金銭的価値が自動的に計算される仕組みになっています。材料の再生可能性の高い建物は、売買の際にも価値が高まるため、建築家は設計段階から再生可能性を意識するようになるのです。マダスターの使用は、オランダのほかイギリス、スイス、ドイツ、ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オーストリアなどにも広がっています。
アイデアを形にする、ヒントは他業種にあり
このようにラウ氏のアイデアは、現実の枠内で逆の発想をすることで生まれていますが、アイデアをどのように形にしていくのでしょうか?
「いいアイデアが浮かんだら、人と話をします。しかし、自分の業界内の人ではなく、ほかの業界の人たちと話すのです。金融、電気、リサーチ、自動車、船舶……実はほかのセクターでは、 建築業界でやっているのとは逆のことをやっていることが多い。そこにどんな知識があり、どうやってデザインしているのかを見るのです。」
エネルギーネットワークの管理会社「Liander」の社屋。資材は再生可能なものを使っており、マテリアルパスポートに記録されている。© Marcel van der Burg
ラウ氏は例として、クルーズ船の設計を挙げました。「普通の建物では、1階の天井と2階の床はダブっています。これをクルーズ船の客室で見ると、1階の屋根が2階の床になっていて、無駄がない。こうすれば、建築物の材料を減らすことができます。」
移動遊園地のジェットコースターを作っているメーカーか らもヒントを得たといいます。移動遊園地は、すべての機材を移動させる必要があるため、重量を軽くしなければなりません。ジェットコースターの枠組みを作っているスチールも、いかに少ない材料で強いものを作るかが考案されています。
「建築業界ではたくさんの材料を使って儲けることが念頭にあるけれど、他業界では別のマインドセットが見られるのです。いろんな業界の人とアイデアを共有して、書きとめて、さらに話し合って修正していきます。」
アートと歴史に触れる。
さまざまなセクターの人と話をするほか、ラウ氏が創造性のために大切だと感じているのは、アートに触れることだといいます。「アートは時に、未来を具現化し始めていることがあるからです。芸術の歴史を逆向きに見ると、ある芸術作品で、すでに20~30年後の出来事が表現されていたということがあります。私にとってアートは、未来への小さな窓、予告編のようなものです。」
ラウ氏によれば、歴史を知ることも創造性には欠かせません。「現実とは、歴史の永続的な結果そのものです。だから、歴史を知らなければ現実を変えることは非常に難しいのです。」
アートや歴史に触れることは、「非合理的な決定、つまり直感を養う」と、ラウ氏は言います。「私たちのビジョンは合理的な意思決定と非合理的な意思決定が混ざっています。この2つのバランスが重要です。」
© Ministry of Infrastructure and Water Management
ビジョンを持って、リズムに乗る。
現状を覆すようなイノベーティブなアイデアは、大きな抵抗に遭遇することも多々あります。ラウ氏の提唱するサーキュラーエコノミーも、既存の法規制や商習慣を根本的に変える必要があるため、抵抗も小さくありません。
「ビジョンを持ったら、ほかの人の言うことは気にせず、なんとかそこにたどり着くように 進むだけです。私はチベットの山で、地元のおじさんが一定のリズムと周波を持って、険しい山道を楽々と登っていくのを見ました。彼に着いていったら、自分も息切れすることなく楽に目的地に到達することができた。これは私の人生において、とても素晴らしい瞬間でした。この体験を通じて、リズムや周波数といったものが目標に到達するために非常に重要であることを実感しました。」
2025年大阪・関西万博のオランダパビリオン。海から昇る太陽と、水から生まれるクリーンエネルギーを表現している。© AND BV/Plomp
ラウ氏は過去12年間、ゆっくりと、しかし着実にサーキュラーエコノミーのビジョンを語ってきました。10年前は耳を傾けなかった人たちも、今やお金を払ってラウ氏の話を聞きたがります。
「私は人を説得しようとしたことはありません。人に『やるべきだ』と直接言うよりも『何かを逃しているのではないか』と思わせ、それを自分が提供できることを知らせるのです。人々の琴線に触れることができれば、人は自然と吸収し、自分でエネルギーを生み出して行動に移します。この方がはるかに自然で、説得しようとするよりも本物の影響力を持つのです。」
ラウ氏が設計した大阪・関西万博のオランダパビリオンも、すべての材料が取り外し可能で、再利用することができます。万博が終わった後も、このパビリオンは別の場所で使われ続ける見通しです。ラウ氏の創造の背景にあるストーリーを知った今、このパビリオンに込められた先見的な理念がより強力なインパクトを持って伝わってくるのではないでしょうか。
トーマス・ラウ氏とサビーネ・オーバーフーバー氏による著書 『Material Matters(マテリアル・マターズ)』。
トーマス・ラウ氏とサビーネ・オーバーフーバー氏による著書 『Material Matters(マテリアル・マターズ)』。サーキュラーエコノミーへの道のりについて詳しく解説している。日本語版も近日出版される予定。
カバー画像: 建築家・思想家のトーマス・ラウ氏。背後に見えるのは、彼が設計した「Triodos Bank(トリオドス銀行)」の社屋。© Daniel Koebe
フリーランスライター。日本、中国、マレーシア、シンガポールで主にライター・編集者として活動した後、2004年よりオランダ在住。同国の生活・教育・イノベーション・デザインを雑誌やオンラインメディア、ラジオなどで紹介するほか、オランダと日本を結ぶさまざまな活動を手がける。著書に『週末は、Niksen。』(大和出版)。
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