
フォントを扱うデザイナーなら一度は使用したことがあるHelvetica(ヘルベチカ)。実は時代に合わせて進化していることを知っていますか?この記事では、”現代におけるHelvetica”をテーマに、その魅力を使用事例などを紹介しながら考察します。Helveticaについてアップデートしましょう!
書体としてのHelveticaは3つあり、デジタル環境でより最適なのはHelvetica Now
Helveticaは最初のリリースから何度かデザインが更新され、時代に合わせて以下の3つのバージョンが発売されています。
Helvetica(ヘルベチカ):初代のバージョン
Neue Helvetica(ノイエ・ヘルベチカ):初代よりも多くのウェイトやスタイルを持つ
Helvetica Now(ヘルベチカ・ナウ):上の2つをベースにデジタル表示に最適化された
Helveticaの歴史
https://www.fonts.com/font/linotype/helvetica
まず初代の歴史から振り返ります。Helveticaは、1957年にスイスの書体デザイナーであるMax Miedinger(マックス・ミーディンガー)とEduard Hoffmann(エドゥアルト・ホフマン)によって設計されたサンセリフ体です。元々は、Neue Haas Grotesk(ノイエ・ハース・グロテスク)という名前で発表され、1960年にラテン語で「スイスの」を意味するHelveticaに改名されました。
日本で初めて使用されたのは、1964年にグラフィックデザイナーの亀倉 雄策(かめくら ゆうさく)が制作した、東京オリンピックのポスターと言われています。写真は1号ポスターにもなったシンボル・マークですが、このシンプルで力強い印象のデザインは、当時の国民に大きなインパクトを与えました。
https://www.ndc.co.jp/works/tokyoolympic-logomark-1961/
Helveticaが発売された1950年代後半〜1960年代は、モダニズムの一環である「スイス・スタイル」というグラフィックデザインの様式がヨーロッパを中心に流行しており、Helveticaはよくスイスデザインの象徴と表されることがあります。
- スイス・スタイル
- 情報を客観的に伝えることを重視している、合理的なグリッド・システムの使用、読みやすいサンセリフ体、左右非対称のレイアウト、左揃えのテキストなどが特徴のスタイル。
当時、このようなモダニズムの時代背景の中で活躍する多くのデザイナーにとって、Helveticaのようなシンプルな形状で可読性に優れた書体はとても魅力的であり、世界中の様々な場所で使用されることになりました。
Neue Helvetica
https://www.fonts.com/font/linotype/neue-helvetica
Neue Helvetica(ノイエ・ヘルベチカ)は、1983年に発売された、初代Helveticaの改訂版デジタル書体です。初代より可読性が向上され、ウェイトとスタイルが増えて全51種類という多様なファミリー書体としてリリースされました。iOSとmacOSのシステムフォントとして、2015年以前(現在のシステムフォントであるSan Franciscoに徐々に置き換えられる前)に使用されていたこともあり、こちらのバージョンに馴染みがある方は多いのではないでしょうか。
Helvetica Now
https://www.fonts.com/font/monotype/helvetica-now
Helvetica Now(ヘルベチカ・ナウ)は、初代のHelveticaとNeue Helveticaを現代のデジタル環境に合うようにさらに最適化し、2019年に発売されました。使用場所に合わせて選べるように「Display」「Text」「Micro」の3種類のオプティカルサイズがあることが特徴です。これにより、モバイルデバイス上で小さいフォントサイズを使用する場合でも可読性を確保できるなど、実用性が大きく向上しています。
- オプティカルサイズ
- 1つの書体に対して、見出しやキャプションなど使用用途に合わせてデザインを調整する手法。オプティカルサイズを使い分けることにより、雰囲気の統一や文字を読みやすくできる。
ウェイトもそれぞれ、Displayが10種類、Textが8種類、Microが6種類あり、様々なブランディングイメージに対応できる構成となっています。さらに2021年には、バリアブルフォント化されて「Helvetica Now Variable」として発売され、この1つのフォントでHelvetica Nowが持つ全ての表現ができるようになりました。
中立性?現代のグラフィックデザインでHelveticaを使う理由
UIやWebデザインの現場では、欧文書体にHelveticaを使用することはよくあることなのではないでしょうか。癖がなく読みやすいHelveticaは、特に本文として使用するのに、とても安全な選択肢であると言えるからです。
では、ブランディングやマーケティングを目的とした場合のグラフィックデザインではどうでしょうか?
ここでまず、視覚的なデザインにおいて「タイポグラフィ=Tone of Voice」である、という点に触れておきたいと思います。声の調子を届けることができないWebや印刷物において、意図するイメージでメッセージを伝えるには書体選びが大きく影響する、ということです。Helveticaは、良くも悪くも声の調子がフラットなイメージがありませんか?
実際に、Helveticaの使用においては世界中のデザイナーの間で様々な意見がある らしく、肯定的な意見もあれば、否定的な意見もあります。Helveticaを肯定するデザイナーの代表的な意見としては「中立性」があり、伝える内容に余計なイメージを付加しないことを評価しているようです。これはスイス・スタイルの特徴である、デザインにおいて客観性を重視する考え方が、まさに現代まで引き継がれているということですね。
「中立性」と聞くと、特定のコンセプトがある場合にはHelveticaを使用することは適さないような気もしてしまいます。しかし、Helveticaが持つ中立性を「多様性」と捉えて魅力的なグラフィックデザインを制作しているデザイナーもたくさんいます。
Helveticaを使ったコミュニケーションを得意とする「エクスペリメンタル・ジェットセット」
ドキュメンタリー映画まであるHelveticaですが、その中のインタビューで登場しているオランダのデザインスタジオ、エクスペリメンタル・ジェットセットは、頻繁にNeue Helveticaを使用していることで有名です。
- Experimental Jetset(エクスペリメンタル・ジェットセット)
- オランダのアムステルダムを拠点とするグラフィックデザインスタジオ。Marieke Stolk、Erwin Brinkers、Danny van den Dungen によって 1997年に設立され、現在も3人のメンバーで活動 中。
http://www.jetset.nl/archive/naim-out-of-fashion
プロジェクトによってコンセプトは違うのに、なぜいつもHelveticaなのか(実際にはいつもではなく頻繁に)という理由は、メンバーの1人がインタビューで次のような内容を話していました。
モダニズム後期の風潮にあったオランダで生まれ、Helveticaを使ったデザインをよく目にする環境で育った自分達にとっては、Helveticaは母語のようなもので、ごく自然に自分の中にあるものである。
インタビューの内容は、エクスペリメンタル・ジェットセットのHPにあるこちらのアーカイブ記事から詳しく読むことができます。
この発言が意味するのは、彼らにとってHelveticaは「いつ使うか」ではなく常に「どう使うか」である、ということなのではないでしょうか。Helveticaという共通言語を使って声の調子を変えるということを、視覚的なコミュニケーションの場で実践しているのだと思いました。特定のコンセプトを表現するプロジェクトにおいて、中立的なイメージを持つHelveticaを選択することは実はそんなにありませんでしたが、彼らのこの考え方に触れて、Helveticaを使って特定のTone of Voiceを表現するという挑戦をやってみたいと思いました。
Helveticaを使用している素敵なデザインの紹介
Helveticaの使用に対して少しワクワクしたところで、本文だけではなくサイトのファーストビューなど、コンセプトを表現する場所でHelveticaが魅力的に使われているサイトをいくつか紹介します。
https://www.eindhovendesigndistrict.com/
オランダのデザイン先進都市として有名なアイントホーフェンの、様々なデザイン機関が取り組むプロジェクトを紹介するサイト「Eindhoven Design District」では、「Helvetica Now」が使用されています。ファーストビューでは、文字が向きを変えながら図形のように並べられており、シンプルながらも遊び心を感じられるタイポグラフィになっています。組み合わされたビジュアルとも相関して、どちらも普遍的なイメージを持つ建造物とHelveticaが、お互いを良く強調しているように見えます。
https://another.yakushimatreasure.com/ja
YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVEプロジェクトのサイトでは、「Helvetica Now Display」が使用されています。Displayは、見出しに適したオプティカルサイズです。神秘的なビジュアルと細めのウェイトで明瞭さが際立つHelveticaがとても相性良く、さらに縦書きテキストも含めた全てがバランス良く配置され、とても素敵なファーストビューになっています。
紹介した2つは、どちらも最新のHelvetica Nowを使用しています。そのため、「少しHelveticaっぽくないな」と感じた人もいるのではないでしょうか。Helvetica Nowは現代のデジタル環境に合うように最適化されたバージョンと最初の方で紹介しましたが、設計された時にはこれまでのHelveticaファミリーに対して緻密な検証や描き直しをし、ディテールの改良が行われたようです。それにより、読みやすさの向上だけではなく書体デザインとしてもより魅力的なものになりました。
まとめ
ここまで、Helveticaの現代での使用について紹介しながらその魅力を考察してみました。何かHelveticaについてアップデートできる情報が見つかっていると嬉しいです。Helveticaは慣れ親しんだ要素を残しながら時代に合わせて進化しており、これからもデザイナーにとって定番の書体として愛用されていくのだと思います。Helveticaを使ったどんな新しいデザインが発見できるか楽しみですね!
参考文献
Helvetica『Wikipedia the free encyclopedia』(最終閲覧日2024年1月31日)
NeueからNowへ——21世紀に向けてHelveticaはどのように進化したのか『Monotype.』(最終閲覧日2024年1月31日)
個人で活動しているビジュアルデザイナーです。7年間ファッション業界で空間デザインとグラフィックデザインに携わったのち、現在はアプリやWebサービスのデザイン、ブランディングをメインに行っています。
https://www.sachikonakayama.com/