
チップ・キッドによる『判断のデザイン』(原題「Judge This」/朝日出版社)は示唆に富んだ一冊です。チップ・キッド(Chip KIDD)はニューヨーク在住のデザイナーで、オリヴァー・サックス、マイケル・クライトン、村上春樹の小説など数々の書籍の装丁を担当してきました。人の第一印象をどう印象づけるかを明快な基準で考える、この本のコンセプトはブックデザイン以外にも参考になるはずです。
第一印象がすべて

「第一印象がすべて」とキッドは言います。『判断のデザイン』では本の表紙、映画のポスター、Webサイト、ペプシの缶、駅構内の掲示物……とさまざまなデザインをユーモラスに分析します。
その観点は「!」=明瞭さ(クリア)、「?」=不可解さ(ミステリアス)。左端に「!」、右端に「?」を置いた10段階のゲージ(ミステリーメーター)を使って、点数で評価します(ときにリデザインも)。
「!」明瞭さ/「?」不可解さが必要なときと例
「!」明瞭さ
明瞭さが必要なときは、まさに「ハッ!」とすぐに分かるべきとき。例えば技術サポートが必要なときのヘルプページの見せ方、道案内のサイン、取扱説明書。直感的にすぐ理解できる、誠実で素直なデザインです。
明瞭さの例の一つは、2010年にマンハッタンに現れたというカウントダウン式の信号。手のマークが出ると同時に、残りの秒数がカウントダウンされていく。交通量が多く 、急いだりストレスを抱えたりする人が多い場所で、次の信号が変わるタイミングを秒数で知らせる。これ以上ない明瞭さですね。
「?」不可解さ
不可解さは「ん?」と一瞬立ち止まらせるようなデザイン。パズルのような難解さや、見ずにはいられないようなティザー広告などに役立ちます。
不可解さの例では、チップ・キッドがデザインしたアメリカ版の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の表紙。

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この小説では、主人公の多崎つくるが、仲の良かった友人たちから「追放」された過去に向き合っていきます。友人たちの名前はアカ、アオ、シロ、クロと色がモチーフになっていますが、つくるだけは色がありません。
「なあ、お れたちはある意味、パーフェクトな組み合わせだったんだ。五本の指みたいにな」、アオは右手を上げ、その太い指を広げた
(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋/170p)
つくるが最初に再会するアオのこの言動をキッドは重要と感じ、表紙は四人の色を四本の指に、四本指をつないで支える親指をつくるに見立て、巡礼を表すかのように東京の路線図に。
読者はつくるとともに「追放」の謎を追いますが、キッドは表紙にも不可解な謎を仕込み、注意を惹きつけています。
シンプルで強力なミステリーゲージの発明
Webやアプリでも第一印象は重要でしょう。UIの分かりやすさは言うに及ばず、ビジュアルが「目を引く」のは重要ですよね。
目的に合わせて「!」と「?」のゲージ間での値を調整してデザインする。キッドによるこのゲージでの第一印象の可視化はシンプルですが、強力です。
解説の寄藤文平はキッドのミステリーゲージを評価して、こう書いています。
「!/?」という基準は、両者を分かつためではなく繋ぐための発明であり、「Judge This」とは「これを裁け」ではなく「これを結べ」と言っているのだ。
何もかもをジャッジして、明瞭にはできない。世の中、二元論では語りつくせません。大概、人間は(その名のとおり)「何かの間」にいます。冷静と情熱。計画と無計画。オンとオフ。よく考えると「平常」という状態は、「どちらでもない」バランスのとれた状態かもしれません。
ただユーザー体験は平均点ではいけないのではないでしょうか。平常な状態のユーザーに「おや?」と思わせて注意を惹きつける。ちゃんと理解してもらってゴールに導く。どちらかに振り切る。あるいは振り切りつつも、ややバランスを取るとか。
二元論では語れないけれど、明瞭か不可解かはだいたいの尺度で判断できる。キッドのミステリーゲージは今デザインされているもののコンセプトに改めて気がつける、良い「ものさし」なのではないでしょうか。
『判断のデザイン』はチップ・キッドによるTEDトークをもとにしています。ぜひこちらの動画も見てみてください。
Web編集者・ライター、マーケター。株式会社TOGL代表取締役。オンラインもオフラインも編集しており、兵庫県尼崎市武庫之荘でつくれる本屋「DIY BOOKS」を運営しています。