
身の回りに多く潜む問題に対し、デザイナーはデザイン思考を用いてどのような思考とプロセスを辿っているのでしょう?デザイン思考によって生まれたオランダの傘ブランド『senz° umbrellas』の事例から、デザイン思考のプロセスを覗いてみましょう。
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問題の発見と定義: 世界では年間10億本以上の傘がゴミとして捨てられていた
丈夫な傘なら何年も、あるいは使い捨てではなく一生使えるかもしれない
ある日、オランダのデルフト工科大学に通っていた学生が、3本の傘を強風の中で失いました。
オ ランダは一年中雨の多い気候。その豪雨によって傘がすぐ裏返しになり、捨てる羽目になってしまったのです。
実際に、世界では年間10億本以上の傘がゴミとして捨てられています。
この経験に不満と問題意識を持った彼は、「丈夫な傘なら何年も、あるいは使い捨てではなく一生使えるかもしれない」と、傘の改良に着手することを決めました。
アイデアの試作検証: 試行錯誤の末に辿り着いたデザイン
彼は傘についてありとあらゆることを調べました。
傘の歴史を辿ると、傘が誕生したのは約4,000年ほど前。18世紀になってイギリスで現在の構造に近い傘が開発されてからその形状はほとんど改良されていません。
初期の頃の彼のアイデアは、バカバカしく酷いものでした。
雨を弾くために強力な磁場を発生させる、ユーザーの頭にヘリコプターのようにつける、など。
彼は傘を裏返しにしてみたり、視界をさまたげてみたり、試行錯誤を重ねるうちに「空気力学」に辿り着きました。
しかし、彼は空気力学の知識を持たなかったので、この分野の専門家のいる大学に助けを借りることにしました。
彼は傘を数本買ってくると、バラバラにして再構成しながらプロトタイプ(試作)をいくつも制作し、それをコンピューターシミュレーションや空気の流れを人工的に調整する装置を用いて使用テストを繰り返しました。
デザイン賞を受賞し、世界へ
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このような改良を繰り返すことによって、ついに生まれたのが『senz° umbrellas』の傘でした。
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空気力学に基づいた独自のユニークな形状のおかげで、『senz° umbrellas』 は風の流れの中でベストなポジションを作り出し、時速100km の嵐にも耐えることができます。
彼は仲間と共に会社を設立し、傘を販売することにしました。
今まで見たことのない斬新なデザインに多くの人が興味を持ち、わずか9日間で初期生産在庫の全てが完売。
『senz° umbrellas』 は多くのデザイン賞を受賞し、世界に進出を果たしたのです。
当たり前を疑うことから始めよう: 日常にイノベーションの種が見つかるかも?
傘が裏返ってしまう度に私たちは不満に思っていたはずです。
しかし、この日常的な問題について彼のように真剣に考えたことがあったでしょうか?
彼が人と違ったのは、これを「当たり前であり仕方がないことだ」と決めつけず、解決すると取り決めたことかもしれません。
そしてデザイン思考のプロセスを行ったり来たり繰り返すにつれて、最初の馬鹿げたアイデアから、より焦点が絞られ、現実的で実用的なアイデアへ洗練されていきました。
初期段階から時間をかけず迅速なプロトタイプをつくり、実験を何度もコンスタントに続けていくことは思考を整理するための重要な手段です。
失敗や成功は関係なくプロトタイプを作成することで、焦点を絞ることも選択肢を広げることもあることをこの事例から教わりました。
世界に比べて折りたたみ傘の使用率が低く、ビニール傘を使い捨てることが定着している日本の傘消費量は世界一とも言われています。
これを機に傘の選び方も見直したいですね。
参考
デヴィット・ダン「デザイン思考の実践:イノベーションのトリガー、それを阻む3つの“緊張感”」, 同友館, 2019/11/28
フリーランスのデザイナー/フォトグラファー。 グラフィックデザイナーとして6年勤務、ロゴ・パッケージ・書籍など幅広く携わり、自身で写真も撮り始める。 旅好きで各国を訪れながら興味関心であるデザインや社会問題を調査しています。
https://miyuki-horino.com