
ダンバー数の法則とは?

ダンバー数の法則とは、イギリスの進化人類学者のロビン・ダンバー氏が、著書の「How Many Friends Does One Person Need?(人は何人の友人が必要か?)」の中で提唱した、人が親密な人間関係を維持できる人数(知り合いであり社会的接触を保持している人数)の上限に関する尺度です。人類学や進化心理学、統計学や企業経営などの分野でも研究対象として注目されています。
ダンバー数の法則は、オックスフォード大学の認知・進化人類学研究所所長でもあるダンバー教授の霊長類の行動研究がベースになっています。彼は霊長類の脳に占める大脳新皮質の割合と群れの 個体数との相関をヒトにあてはめて検討し、そのデータを解析しました。
大脳皮質を調べた理由は、意思決定に関わる脳の部位であるからです。その結果、150人という上限は、脳の新皮質や長期記憶の容量の大きさに比例していることがわかりました。また、研究の際に150人の根拠とした根拠として、新石器時代の村落におけるコミュニティの人数や、軍隊における中隊の人数、効率よく仕事ができる組織の人数、などが挙げられました(これらの組織の多くは150人程度を上限として構成されています)。
ダンバー数の法則への疑問論争
ダンバー数の法則が発表されたのは1993年。オリジナルの論文は被引用数がとても多いことで知られており、この法則が各方面で大きなインパクトを与えてきたことを物語ります。それに対して昨年2021年5月、スウェーデンのストックホルム大学の研究者たちが「人は努力次第で150人以上の友人をもつことができる」と、ダンバー数の法則に異を唱える論文をイギリスの学術誌「Biology Letters(バイオロジー・レターズ)」に発表したのです。
リンドによると、今回の新しい研究で、彼のチームは最新のデータセットと統計手法を使い、新皮質の大きさは人が維持できる人間関係の数に制限を加えないことを突きとめた。(中略)リンドのチームは、友人関係の最大数を正確に立証するのは不可能なことを見いだした。
朝日新聞GLOBE+ (2021). 「人がつながりを持てるのは150人まで: その定説に挑戦した研究 論争が始まった」
論文執筆者のひとりである准教授のヨハン・リンド氏は、 「大脳新皮質の大きさは、人が維持できる人間関係の数に制限を加えない」と主張し、それに対してダンバー教授は、「自分が提唱した”意味のある人間関係の定義”とは捉え方が異なっている」と反論をしています。
ダンバーは、意味のある人間関係とは、空港のラウンジで出くわしても気まずい思いをすることなくあいさつするぐらいよく知っている間柄と定義する。彼によると、その数は通常100人から250人で、平均約150人だ。
朝日新聞GLOBE+ (2021). 「人がつながりを持てるのは150人まで: その定説に挑戦した研究 論争が始まった」
つまり、リンド氏たちのチームは最新のテクノロジーと統計手法で「脳の機能」を調査しましたが、それはダンバー教授が着目した「人が親密な関係を維持できる人数」とは、微妙に定義が異なっていたので す。はたしていったい、どちらがより真実を突いているのでしょうか。リンド氏のチームの研究よりも少し以前の2016年、日本の情報処理学会の論文誌に、SNSにおけるダンバー数の法則についての検証実験を報告した論文が掲載されています。
Twitterユーザー間のリプライ関係にみる「友達」の上限
この論文では、SNSにおけるダンバー数の法則の検証実験について報告しています。先行研究をふまえてダンバー数が150人程度を限界としていることが妥当であると仮説し、前述した「ダンバーが定義する友達」に焦点を当てて調査が実施されました。
SNSに現れるダンバー数とその起源
研究目的
Twitterの相互フォロー関係の中に、どの程度友達と呼べるつながりがあるかを調査し、ダンバー数との関係を探る
友達の定義は 、「ユーザーAがユーザーBにリプライを送った時、ユーザーAとユーザーBは友達である」とする
方法
研究対象は実世界の一般ユーザー(ex.フォロワー数が2000以下である、ユーザー名などに“bot”という文字列を含まない、など)
ランダムに取得した482ユーザーのツイート最大2000件から、リプライを送ったユニークユーザーの数(友達の数)を調査
親密さを調べるために友達の数と相互フォローの相関を調査
結果
先行研究では、友達の数が100〜150人を超えると、友達それぞれへのリプライの量が減ると報告されていた
今回の研 究では、230人を超えて相互フォローをもつユーザーは、全員とコミュニケーションをとることはできないことがわかった
ダンバー指数のように、密にコミュニケーションをとることができる人数には上限があることが推定できた
(荒木直人・日永田泰啓・只木進一 (2016). 「SNSに現れるダンバー数とその起源」より)
ダンバー数の法則のように、SNSを通して親密なコミュニケーションをとることが可能な人数には、やはり上限があることが示されました。SNSのほかにもインターネット上にさまざまなオンラインコミュニティが増え続けていく現代において、フォロワーの数を増やすことはできても、コミュニケーションをとれる実質のキャパシティは容易には拡張しえない現実が見えてきました。
ダンバー数の法則とSNS
ダンバー数の法則は、UXデザインの文脈においては主にSNSアプリでの最適な友達の数の仮説に用いられることが多いです。とはいえ、近年のSNSアプリでは今までの「友人との交流」的な使い方よりも、多数に対して発信する「インフルエンサー」とそれを消費する「視聴者」といった構造が目立ってくるため、Instagramなどのメジャーなサービスを例として考えると、150人という数字が大きな意味をもつポイントは少ないように思います。
しかし、より「コミュニティ」的な運営が必要となる場においてはこの150人という数字はひとつの指標として使えるのではないでしょうか?たとえば、
高齢者同士の交流を目的としたモバイルアプリ
同じ趣味をもつ人同士の交流を目的としたFacebookコミュニティ
など、「ユーザー対ユーザー」の交流がメインとなる場面におけるUXを検討する際には、ダンバー数の法則を思い出してみると良いかもしれません。また、同じサービスを利用していても、サービス上での友達の数が150人よりも多いユーザーと少ないユーザーではサービスに期待する価値や利用目的が異なるということも考えられるかもしれませんね。
まとめ
仕事でもプライベートでも、ソーシャルネットワークなしには人間関係 の維持が難しくなっている今。親密なコミュニケーションは誰と、どのようなツールで維持していくのか。自分なりのルールを決めておくことが、公私ともに必要な時代であるといえるでしょう。
参考文献
朝日新聞GLOBE+.「人がつながりを持てるのは150人まで: その定説に挑戦した研究 論争が始まった」 (最終閲覧日2022年9月17日)
荒木直人・日永田泰啓・只木進一 (2016). SNSに現れるダンバー数とその起源 情報処理学会論文誌, 57(1), 1-6.