ビジュアルアイデンティティとは?

ビジュアルアイデンティティ(VI)とは、企業やブランドの理念を視覚的な情報として顧客に伝えるためのロゴ、デザインアセットやガイドラインのことです。ビジュアルアイデンティティは、ブランドカラーなどで視覚的にメッセージを伝えるとともに、顧客のブランド体験全体を想起させる記憶のトリガーとしての役割も持っています。
コーポレートアイデンティティ(CI)との違い

ビジュアルアイデンティティと一緒に聞く言葉に、コーポレートアイデンティティがあります。コーポレートアイデンティティとは、企業の目指す方向性を定義するものです。似た商品やサービスが溢れる近年では、利益の追求というビジネス的な観点のみではなく、企業の生み出そうとする社会的な価値を提示することで「共感」に基づいた企業活動を行うことの重要性が増しています。
コーポレートアイデンティティは、「マインドアイデンティティ(MI)」「ビヘイビアアイデンティティ(BI)」そして、「ビジュアルアイデンティティ(VI)」の三要素から成り立っており、理念や行動指針を定義するのがMIとBIであるのに対し、理念を視覚情報として定義するのが「ブランドアイデンティティ」です。つまり、ブランドアイデンティティはコーポーレートアイデンティティを構成する一要素となります。
ビジュアルアイデンティティの3つの役割

ビジュアルアイデンティティの役割は、一貫した視覚的な情報を発信し続けることで、企業やブランドのイメージを顧客に印象付けることです。仮に、一貫性のあるビジュアルアイデンティティを持たない企業がとても良い顧客体験を提供していたとしても、顧客に覚えてもらうことができずにもったいない結果となってしまいます。
このビジュアルアイデンティティの役割を細分化すると3つに分けることができます。
視覚的にメッセージを伝える
視覚的な差別化
顧客体験を連想させる記憶のトリガー
1. 視覚的にメッセージを伝える
色や形といったデザインを形作る要素には、人間の心理に与える影響があります。例えば、赤は情熱的でアクティブな印象を、青は落ち着きや誠実さのイメージがありますね 。ビジュアルアイデンティティでもこのデザイン要素の特性を活かして、企業の伝えたいメッセージに近いデザインを使用します。そのため、基本的にビジュアルアイデンティティは長きにわたって運用されるものですが、企業のイメージを刷新したい時には思い切って大きく変更することも多いです。
2012年にSaint Laurentがロゴを変更したのに続いて、2018年頃までにBurberryなどその他多くの伝統的なファッションブランドがロゴをこぞってロゴを変更したことが話題になりました。これもビジュアルアイデンティティによって企業が伝えたいイメージが変わったことと関係があります。どのブランドも主にセリフ体からサンセリフ体へとロゴのタイポグラフィーを変更しており、サンセリフ体を使うことにより、普遍性やモダンさを表現したい意図が見えてきます。
2. 視覚的な差別化
インターネットや物流の発展によって、企業は昔より簡単にグローバルなビジネス展開ができるようになりました。これにより、どの業界でも同じような製品、サービスを提供する競合他社が溢れかえるような状況になっています。もちろん、メインの提供価値である製品やサービスの質を上げることは重要ですが、その上で顧客に自社の良い商品を「自社と紐づけて覚えてもらう」ことも重要です。
競合他社と似たビジュアルアイデンティティにしてし まうと、せっかく良いサービスを提供しても顧客にとって「競合とどっちのサービスだったかわからなくなる」ということが起こってしまいます。ビジネスにおいて、ロゴの商標登録が重要視されているのはこれが理由です。新規で参入してきた競合他社に自社と似たロゴを使われてしまったら、今まで自社が築いてきたブランドへの信頼を他社に横取りされてしまうという結果になってしまうからです。
3. 顧客体験を連想させる記憶のトリガー
そしてビジュアルアイデンティティのもう一つの重要な役割が「記憶のトリガー」としての役割です。「マクドナルド」のロゴを見ると塩の効いた美味しいポテトやハンバーガーの味、またはハッピーセットのおもちゃなどをを思い出しませんか?このロゴが仮に頻繁に変更されていたり、白黒などの印象に残りにくい色味であったらここまではっきりと記憶を引き出すことはなかったかもしれません。
これはもちろん、「赤と黄色 = ポテト」というような心理効果があるわけではありませんね。マクドナルドが優れた顧客体験を提供した上で、その体験を人間の五感の中でも最も多くの情報を取り入れている「視覚」に紐づけて記憶させるという戦略なのです。
人間の五感による知覚の割合において「視覚」は約80%と、その他の「聴覚」「嗅覚」「触覚」「味覚」と比較しても圧倒的に多く の割合を占めています。人間の一番の情報源である「視覚」に対して、ロゴやコーポレートカラーなどの視覚情報を紐づけた上で、消費者にブランド価値を提供することで、消費者が再度そのロゴなど見たときに、「関連する記憶」としてそれまでのブランド体験が想起されるのです。

ビジュアルアイデンティティの作り方

ビジュアルアイデンティティは、その企業やサービスの理念に基づいて作ります。そのため、まずはその元となる企業の理念やブランドステートメントを明確にする必要があります。この辺りのブランディングのプロセスについては、ブランディングについての記事で解説していますので、ぜひ参考にしてみてください。
ここでは企業やブランドの目指す方向性が明確になっていると仮定して、具体的なビジュアルアイデンティティの作り方について詳しく解説していきます。
キーワードリスト: ブランドコンセプトから連想されるキーワードを並べる

言語化されたブランドコンセプトを再度細分化して、ブランドから連想されるキーワードをリストアップします。例えば、「東京の今を表現するWebメディア」というブランドコンセプトがあった場合、「東京の今」という言語表現は受け手によって様々な印象を持つのではないでしょうか?ブランドが発信したい「東京の今」のイメージを言葉では伝わらない領域まで明確化する役割を持つのがビジュアルアイデンティティ です。
そのため、まずはブランドコンセプトを再度分解して、ブランドコンセプトから連想されるキーワードをピックアップします。このキーワードリストはブランドの方向性や、ターゲットとなる層のペルソナによって大きく異なります。つまりそのブランドにとっての「東京の今」とは何かをリストアップする作業になります。キーワードは具体的なものから抽象的なものまで様々リストアップしましょう。
1. 「東京の今」を表現するWebメディア(10代をターゲットとしている場合)
渋谷のMIYASHITA PARK
TikTok
つながり
インフルエンサー
2. 「東京の今」を表現するWebメディア(30代をターゲットとしている場合)
青山の路面店
オーガニックスーパー
国際性・多様性
交流
このように言葉としては同じブランドコンセプトであったとしても、その言葉の意図しているイメージは大きく異なる場合があります。これらが間違ったイメージで伝わらないように視覚情報としてまとめていくのが次の作業です。
ムードボード: キーワードに沿った視覚的情報をまとめる

次は前の作業でリストアップした関連キーワードの視覚的なイメージをコラージュのような形でまとめていきましょう。ここでは、写真や色味、タイポグラフィーなど幅広く収集します。前項でリストアップしたキーワードそれぞれに、受け手がより明確にイメージを把握できるような視覚情報を紐づけます。例えば、「つながり」というキーワードは人が手を繋いでいるような「緩やかなつながり」なのか、もしくは鎖で繋がれた「強い結束」なのかといった、言葉では曖昧になりがちな部分を視覚情報で明確にしていきます。
グラフィックデザイン: まとめた視覚的情報を抽象化する

ムードボードで集めた視覚情報は、多様かつ雑多なものとなっていると思います。ここでは、「それぞれの視覚情報がなぜそのキーワードを象徴しているのか?」という点に着目して、色やシェイプ、モチーフといったグラフィックデザインの要素として抽出します。
ブランドカラー・カラーパレット
キーワードから連想された画像を見渡して、色味に関して何か明確な方向性が見出せる場合はそれをヒントにカラーパレットを作ってみても良いかもしれません。その他の方法としては、色彩心理学を活用してブランドのキーワードを表現する色味を選択するという方法もあります。メインとなる一色をブランドカラーとして定義し、その他のブランドアセットでも使う主な配色をカラーパレットとして定義しましょう。ちなみに、普段デジタルデザインをメインに行なっているデザイナーがこのあたりの作業を行う場合、RGBとCMYKの違いにも注意しましょう。コンピュータースクリーン用にいつも通りRGBで色を作ると、印刷した際に色味が変わってしまう場合があります。特にパステルカラーのような色味を使うときは注意が必要です。
ブランドカラーを検討する際には、「競合他社と被らない」という点にも注意が必要です。同じ市場で同じ顧客にビジネスを展開していれば、自然と連想されるキーワードや視覚情報も似てきてしまうかもしれません。しかし、同じようなブランドコンセプトを作ってしまっては競合との差別化ができなくなってしまいます。ビジュアルアイデンテ ィティを作る際に、競合と似てきていると感じた場合は、「競合との差別化ポイントや競合に対する優位性は何なのか?」という点に着目して、そこをビジュアルアイデンティティとして表現できないか検討してみましょう。コーポレートアイデンティティの解説記事では、「競合との違い」を全面的にビジュアルアイデンティティに表現することで成功を収めたAirbnbの事例を紹介しています。ぜひ、そちらも参考にしてみてください。