Smashing Magazineに寄稿されたヴィタリー・フリードマンの論考が、多くの企業が抱く前提に冷や水を浴びせている。「誰もが新しいAI機能を渇望している」という思い込みは正しいのか。現実には、大半の人はそこまでAIを求めていない——少なくとも、AI推進派が思い描く形では、というのが筆者の主張である。
根拠として引かれるのは、いくつかの調査だ。IBMの2026年の調査では、AIの導入率と定着率がともに低い水準にとどまる。生産性に関する研究では、メールに費やす時間が104%、メッセージのやり取りが145%増え、コストのかかるミスも39%増加したという。「AIは仕事を減らすのではない。仕事を濃密にするのだ」と筆者は言い切る。
見落とされがちなのが、AI利用に伴う隠れたコストである。ユーザーは生成された出力をざっと読み、要点を見 抜き、事実を検証し、根拠を確認し、修正を言語化し、何度も見直さねばならない。しかも人々は、AI機能を「人間」と比べるのではなく「他の機能」と比べて選ぶ。予測不能なものより、確実に動くものを選ぶのは当然だという指摘だ。
では人々は何を求めているのか。答えは「速く、使いやすく、信頼でき、予測可能で、役に立つ」AIを、既存のワークフローに溶け込ませることだとされる。最も価値あるAIとは、退屈で報われない作業を自動化し、創造性や判断を要する人間的な仕事はむしろ引き立てるものだ。フリードマンはこれを「AIを二番手に置く(AI-second)」設計と呼ぶ。プロセス全体を置き換えるのではなく、控えめに、そっと支える存在であるべきだという。
AI機能の搭載が半ば義務のように語られる昨今、この論考は立ち止まる価値のある視点を与えてくれる。機能を足すこと自体が目的化していないか。ユーザーの流れを断ち切ってまで前面に出す必要があるのか。日本の製品づくりの現場でも、AIをどう「引き算」で設計するかが、これからの体験の質を分ける問いになりそうだ。









